残響のテロルの覚書

 「残響のテロル」について私が考えたことを覚え書きとして残しておきたい。
 ニコニコ生放送ではつい先日、最終話の11話を除く1話から10話までが放送された。プレミアムアカウントの利用者なら今でも見ることができる。未読の方はそちらをどうぞ。

 以下、ネタバレ注意。


 まずストーリーの大筋を整理してみる。
 日本が占領状態にあると考えた日本の偉い人々は、日本の真の独立を目論んで、兵器よりも有用な優れた人間を後発的に作り出すとともに原子爆弾を製造することにした。そこで、とある施設に集められた孤児に薬物を投与していわば優れた能力を人工的に付与し、また原子爆弾を完了し青森にて秘密裏に保管していた。ただし、薬物には副作用があり、投薬された子供は長くは生きることができない。
 投薬された主人公(ナインとツエルブ)とハイブは各自の願いを達成するために活動する。幼い頃に施設から脱走した主人公は、自らが巻き込まれた計画や、既に亡くなっている施設の孤児と自分たちの存在を世間に確実に伝えるために、テロ活動を計画的に行う。他方でハイブは施設からの脱走に失敗してしまい施設に最後まで取り残され、今ではアメリカ側の人間として主人公を取り押さえる役目を担わされる。しかし、ハイブは主人公のナインとの対決というよりもふれあいを楽しみにして生き抜いてきたのであり、自分も犠牲となった計画を曝露しようとするナインの活動に理解を示す。

 主人公は孤児の子供が犠牲になった計画と原子爆弾の存在の両方を記者会見で公表しようとするが、諸事情により記者会見を開くことができず、結局原子爆弾の存在しか明らかにできなかった。
 その原子爆弾は主人公ナインの手によって東京の遙か上空で爆発し、電子機器類が使えなくなる。第二次世界大戦によってインフラが壊滅的な被害を受けた状況、つまり敗戦後が現代の日本において再現されたのである。

 それでは日本の偉い人が優れた人間を後発的に作り出そうとした計画は明かされないのか?その偉い人は存命中であるものの、自発的に計画を明かすことはなかった。
 主人公ナインは寿命に達し亡くなる。主人公ツエルブはアメリカが日本の空港や高速道路でいわば好き勝手なことをしていた様子を目撃したため、アメリカによって殺される。
 主人公は自分自身で計画を公表できるほど寿命が残されていないことを自覚していたので、警察官に計画を公表するよう依頼していた。それにしたがい警察は一連の計画を明らかにし日本の闇なるものを公表することになった。日本の偉い人の悪巧みは白日の下にさらされたのである。


 残響のテロルでは一体何が描かれたのだろう。
 他国からの統制を排除し自国独自の政策を推し進めようとする思想を右翼的思想と呼ぶならば、残響のテロルが描き出したのは、日本の偉い人々が右翼的思想によって引き起こされる悪影響を真剣に考えない世の中で、子供たちが救済を求める姿である。
 日本の偉い人でもある右翼的思想の親玉は右翼的思想の犠牲者である孤児を積極的に救おうとせずに、保身に走ってきた。日本の政権は右翼的思想に基づいて作り出された原子爆弾の影響をできるだけ防ぐために、東京都民は東京から即刻避難せよとの無理難題を人々に押しつける。
 子供たちの方は国家機関によって庇護されることなく、いやむしろ国家機関が庇護を意図的に奪う環境で、互いのつながりを確認することによってなんとか生きてきた。主人公はすでに亡き施設の孤児たちを偲んでテロ活動を行い、ハイブは主人公ナインとのつながりを求めて過激な行動を立て続けに起こしたのである。
 抽象的な国家像を中心に置いて考える右翼的思想よりも個々人の具体的なつながりこそが人々を救うことができる。そういう世界が描かれたと私は思った。


 人と人とのつながりについては、自らが苦悩して救い(希望)を他者に求める役割と、苦悩している他者に救い(希望)を与える役割という点で、女性キャラクターの位置づけが興味深い。リサとハイブが救いを与えられる役割から与える役割へと成長しているのだ。また、リサ母とハイブは他者に救いを執拗に求める点で共通している一方、ハイブの方は最終的に他者に救いを与えられるようになる。登場人物の女性3名、つまりリサ、リサ母、ハイブに注目してその役割を整理すると以下のようになる。

登場人物 役割
冒頭のリサ 誰にも救いを求められない(プールのシーン)
リサ母 リサに対して救いを執拗に求める
その後のリサ リサ母に嫌々ながら救いを与える / 主人公に救いを求める
ハイブ 主人公ナインに対して救いを執拗に求める / 主人公ナインに対して救いを与える(高速道路上でナインを励ます)
終盤のリサ 主人公に対して救いを与える
最終話後半のリサ 死者に対して救いを与える(相変わらず不器用ではあるが主人公の墓標を立てる) / 執拗に救いを求めるハイブに接したことで、リサ母の苦悩を理解し救いを与えられるようになる?

 ハイブのその後を考えると、施設出身の子供が亡くなるなかでリサこそが救いを与える役割をしっかりと引き継いだ。残響のテロルは、平凡な女子高校生リサが救いを求める側から与える側へと成長する話として見ることができるだろう。


 日本と米国の関係に注目すると、残響のテロルは右翼的思想に基づく日本の真の独立なるものが完全に挫折した話でもある。右翼的思想によって人工的に薬物投与された子供の唯一の生存者ハイブはアメリカにとられ、原子爆弾は主人公によって存在が明かされるのみならず爆発されてしまった。右翼的思想に依拠して真の独立の名の下に生み出されたものが完全に失われたのである。それだけではない。主人公ナインは日本の原子力発電所を破壊してアメリカを脅そうとするが、アメリカ側は主人公ナインの挑発をただ単に退けた。アメリカ側にとっては主人公ナインの反抗なぞ些末なことであり、今では日本からの圧力は無きに等しいものだ。日本人はアメリカに刃向かわない限りで、日本国内で右翼的思想をめぐり紛糾するようになる。このように右翼的思想の過激化によって日米間での日本側の地位低下が生じかねない恐れも制作者は示したかったのだろう。


 私が面白いと思ったのはBGMの音にまで寒さが反映されていることだ。ORIGINAL SOUNDTRACK | TVアニメ『残響のテロル』公式サイトのページによれば、A=440Hzでチューニングされており、通例のピッチと比較して1Hz分低くチューニングされていたらしい*1。ピッチによって響きを意図的に変化させることは奏者に若干負担を課すかもしれないものの、音色を切り替える有効な手段であることは間違いあるまい。

*1:"05. fugl"の解説より。fuglはピアノのソロから始まる曲で、1話目終盤以後何度もかかるあれである。