blechmusikの日記

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矢内原忠雄「管理下の日本――終戦後満三年の随想」 第3部

 第2部は矢内原忠雄「管理下の日本――終戦後満三年の随想」第2部 - blechmusikの日記で取り扱った。

 今回は第3部の内容を見てみる。

3

[3-1] 過ぐる戦争の間、私の思ひは屢々旧約聖書の預言者エレミヤの上にあつた。終戦後の今日も、私は度々彼と涙を共にする。
[3-2] エレミヤの当時、ユダの国王はバビロン王に対して約束した国際的信義を破り、エジプトの援助を恃みとして、バビロンの羈絆を脱しようと計つた。エレミヤはかかる国際的不信義の政策と、国内に満つる偶像崇拝、並に政治及び道徳の腐敗を責めて滅亡の不可避を預言し、悔改を促したのである。然るに王と国民はエレミヤを非愛国者として斥け、之を弾圧・迫害して恥づるところを知らなかつた。遂にバビロンの大軍が殺到してユダの都エルサレムを陥れ、国民中の優秀なる者大部分を捕虜としてバビロンに強制移住せしめ、ユダ国内には下層の貧民のみを残した。歴史上バビロン捕囚と呼ばるる事件がこれである。
[3-3] エレミヤは自ら選んで国内残留者の中に加はり、バビロン王が立てた総督ゲダリヤを助けようと欲した。然るにネタニヤの子イシマエルといふ軽率なる粗暴漢が十人の壮士と共にゲダリヤを襲うて之を暗殺し、バビロンに叛旗をひるがへした。この事は忽ちバビロン軍の再侵入を招き、国は全く滅亡してバビロンの属領とせられたのである。
[3-4] エレミヤはバビロン捕囚の期間が早く終わるであらうといふ国民の楽観を戒め、之は神の意思に出でたる審判であるから七十年は継続すると預言し、バビロンに捕へられた者はその地に落ちついて家を建て、結婚して子女を挙げることを勧めた。その後ペルシャ王クロスが起つてバビロンを滅し、捕囚のユダヤ人を解放して帰国を許すまで、ユダヤ人の大部分はバビロンに居住し、その統治に服したのである。
[3-5] バビロン捕囚はユダヤ国民にとりて甚だ大なる試煉であつた。それは彼らの過去の歴史と選民たるの自覚に対する大なる屈辱の期間であつた。併しこの出来事を神の正しき審判として信じ受けることによつて、彼らの宗教は画期的飛躍を遂げたのである。彼らの宗教はそれまでイスラエル民族の限界内に止つた民族的宗教であり、エルサレムの土地を離れざる属地的宗教であつた。然るに聖地エルサレムから強制的に異邦人の国バビロンに移住せしめられたことによつて、属地的民族主義的であつた彼らの宗教思想は霊的・世界的視野に高められ、広くせられ、純粋化せられたのである。バビロン人の世界観に接したことが、彼らの思想の内容を豊富にしたことも認められる。要するにバビロン捕囚の七十年はユダヤ民族にとりて決して無駄ではなかつた。否、信仰によりて之に処するとき、それは彼らの宗教の純化と世界化に役立つ恩恵の機会となつたのである。
[3-6] 併しながらバビロンに於ける生活が、世俗的・肉欲的なバビロン人の影響を受けて、正しき信仰の道を離れる危険もあり、それを戒める預言者の声も亦挙げられたのである。かの有名な詩編第一三七編はその一つである。

 われらバビロンの河のほとりにすわり、シオンを思ひ出でて涙を流しぬ。われらそのあたりの柳にわが琴をかけたり。そはわれらを虜にせし者われらに歌をもとめたり。我らを苦しむる者われらにおのれを歓ばせんとてシオンの歌一つうたへと言えり。われら外国にありていかでエホバの歌をうたはんや。エルサレムよ、もしわれ汝を忘れなばわが右の手にその巧を忘れしめたまへ。もしわれ汝を思ひ出でず、もしわれエルサレムをわがすべての歓喜の極となさずば、わが舌をわが顎につかしめ給へ。

たとい身は異郷に捕囚となつて居ても、おのが民族の誇を失つて、娼婦の如き態度を取つてはならないと言ふのである。

 「画期的飛躍」や「属地的民族主義的であつた彼らの宗教思想は霊的・世界的視野に高められ、広くせられ、純粋化せられた」、「宗教の純化と世界化」といわれてもよくわからない。一般的な人ならそのように感じると思う。
 いったいエレミヤはどのような点で思想を深めたというのだろうか。
 ここで参考になるのが山本七平によるエレミヤの解説だ。山本は『聖書の常識』の「聖書における預言の重み」で、エレミヤこそ自己の意識なるものを自覚し、究極的には個と神の関係が残ることを悟った人類最初の人であると高く評価している*1

聖書の常識 (山本七平ライブラリー)

聖書の常識 (山本七平ライブラリー)

 エレミヤの思想を整理してみよう*2。エレミヤは従来の預言者が抱いてこなかった自己という意識を持ち、神に向き合う姿勢を果敢にも示した。このように自己という意識を抱くと、続けて自己と神以外の者とを厳格に区別する。そうすると、旧来の人々が抱いていた、(神と自己以外の)他者が関わる応報の観念を否定するようになる。では南ユダ王国の罪は誰にあるのか。個の意識を自覚したことで、他者が応報に関わらないことが認識されたのであるから、当然のように自己に帰せられるのである*3
 そして、矢内原が言及したエレミヤの寓話の中に、敗戦によって秩序が瓦解する惨状から生じた思想を、つまり神と個の関係がいつでも存在し、罪を償えば神に赦されるという信仰を山本は見いだす*4

 国家、その他の権威、頼りにしていたものが、いっさい失われようとしている。神殿も焼き払われる。こうして、何もかもなくなったときに、残るのは神と自己という意識だけであろう。
 バビロンへ捕囚民を送るエレミヤの言葉も、非常におもしろい。その地へ行ったら、家を建て、畑も作り、そこに住みつけ、どこにいても動じるな、といっている。
 たとえば、日本が滅亡して、どこかよその土地に移されるというようなことになっても、またその結果どの地にあっても動じるな、そこで畑を作り、家を建て、ゆうゆうと楽しんで暮らせということは、なかなかいえないであろう。エレミヤは、それを堂々といった。
 ここでも、やはり、すべては消え去っても個は残る、個と神の関係は残るという意識が、強烈にエレミヤにあり、同時にこれは罪への神の罰だから、償えば必ず赦されるという信仰があった。……

 従来の預言者は個の自覚について突き詰めて考えていなかった。それに対してエレミヤは敗戦という苦難を経て個を意識し、神に向き合い罪を償わなければならないことを悟ったのである。


 最後に神の審判についても一言しておきたい。「エレミヤが最後に求めたものは、現世利益でも来世利益でもなく、神が支配する歴史の審判であった」*5。エレミヤはこの歴史を支配する神に審判がゆだねられると考え、民衆の中にいながら、神ヤハウェの声に従おうとしない民衆を糾弾した。民衆の怨嗟の声に接しながらなお自説にこだわり続ける人には、エレミヤの態度が頼もしくみえるだろう。

 第4部では教訓が示される。

*1:「エレミヤにはじまる個の意識」と「たくましいユダヤ人の考え方」

*2:pp.114-116

*3:p.116

*4:pp.116-117.

*5:『聖書の旅』「流亡の民」p.525.