blechmusikの日記

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矢内原忠雄「管理下の日本――終戦後満三年の随想」第1部

矢内原忠雄「管理下の日本――終戦後満三年の随想」は4部から構成されている。まずは第1部を見てみよう。各段落には便宜的に番号を振った。

1

[1-1] 彼の日から満三年経つた。めまぐるしき変転。激しき胎動。われらは今やさながら革命期にある。
[1-2] 津浪のごとくわが国を洗うてゐるものは、もろもろの制度の米国化である。わが国の民主主義化はポツダム宣言の規定する至上命令であるが、その具体性が「米国化」にあることは、近時諸般の制度改革によりてますます明かとなつた。それは能率的に、急速且つ一般的なる要請として現れ、関係者をして多忙に疲れしめる状態である。この滔々たる米国化の要請に対し、われらはいかなる態度をとるべきか。拒否は滅亡である。迎合も亦滅亡である。ただ理解ある摂取のみがわれらの生きる道である。
[1-3] デモクラシーの物質的基礎は自由主義的資本主義にあり、その精神的基礎は文芸復興・宗教改革によりて養はれたる個人主義にある。各人が勤勉なる生産者として、その所得を蓄積して若干の富と余暇を有つ社会でなければデモクラシーは発達するを得ず、また各人が個人の基本的人権を貴重なる生活上の原理として自覚し、同時に個人の責任観念を有つ社会でなければデモクラシーは育成せられない。然るに従来のわが国はこれらの点に於いて、デモクラシー発達の為めの十分な基礎を有しなかつたのである。
[1-4] 一方に於いて封建的性質の残存する農村、中小商工業、土建請負等の広汎なる階層があり、他方に於いて高度に発達した独占的金融資本の成立を見たところの跛行的なわが国の社会は、デモクラシーの育成せられる環境としてよりもむしろ全体主義の基盤として適当であつた。それ故終戦後の管理政策が、一方では農地制度の改革、労働関係に於ける親分子分組織の廃止、他方では財閥解体、集中力排除等によつて、デモクラシー発達の為めに適当なる社会的地盤を作り出さうとしたのであり、また神社と国家との分離、天皇人間宣言等によつて、デモクラシーの為めの精神的基礎を作り出さうとしたのである。而も地均しと同時に直に本建築の開始せられることは後進国に於ける近代化過程の特徴であり、況んや占領軍の管理下にある国民に於いてをや。われらは現在被管理国民である事実を忘れてはならない。マッカーサー元帥の書簡はすべての法律よりも重いのである。

 わかりやすく書き換えるとこうなるだろうか。

[1-1] 終戦の詔書の放送から三年が経過した。旧来の制度は変化し、新たな制度の運用が急遽始められてきた。「われらは今やさながら革命期にある」
[1-2] 「ポツダム宣言の規定する至上命令」によって、抽象的には日本の民主主義化が、具体的には日本の諸制度の米国化が要請されている。日本の米国化は急速かつ普遍的に要請されているため、制度設計に携わる日本側の関係者は多くの負担を強いられてきた。このようにとどまることをしらない諸制度の米国化に対して、制度設計に関わらない一般的な日本国民はどのような態度を示せばよいだろうか?諸制度の米国化という要請を完全に受け入れても拒絶しても、一般の日本国民が滅びることは必然である。日本国民の滅亡を防ぐには、諸制度の米国化を理解しつつ摂取する方策しか残されていない。
[1-3] デモクラシー発達に必要とされる物質的な基礎と精神的な基礎の両方が、終戦前の日本には十分に存在していなかった。物質的な基礎とは、生産者が勤勉に働いて所得を蓄積し、富と余暇を有する、「自由主義的資本主義」の社会を指す。精神的な基礎とは、文芸復興と宗教改革によって西洋の国々が育んできた、「各人が個人の基本的人権を貴重なる生活上の原理として自覚し、同時に個人の責任観念を有つ社会」である。
[1-4] アメリカは諸制度の改革を推進することでデモクラシー発達の基盤を改善すると同時に、デモクラシー発達にも着手しはじめた。終戦前の日本には物質的な基礎が遍く整えられていなかったため、デモクラシーではなく全体主義を育成する基盤が存在していた。このような旧来の体制を打破して物質的な基礎を確立し、さらには精神的な基礎も構築することを目的として、アメリカは終戦後の管理政策に携わった。それだけではない。制度の基盤整備とともに制度自体を創設することは、後進国において見られる近代化の過程の特徴であるが、占領軍の管理下にある国民に対しても同様のことが行われることは言うまでも無い。日本国憲法施行から1年を経た今、日本国民は占領軍によって管理されている「被管理国民」であって、「マッカーサー元帥の書簡はすべての法律よりも重」い。言い換えると、日本の国民により選出される国会議員が一定の手続きによって作成する「法律」は、マッカーサー元帥の書簡によって効力が実質的に上書きされる。こうした状況下で、日本におけるデモクラシーの発達が達成されるのだ。

 この第1部では、制度の米国化の要請のもとで被管理国民は「いかなる態度をとるべきか」という問題の提起がなされた。続く2部では制度の米国化が解説され、3部では「理解ある摂取」の一例が示され、4部において「理解ある摂取」を通じて成し遂げるべきことが結論として提示される。
 気づいたことをいくつか述べたい。
 矢内原は「民主主義化」「デモクラシー」「デモクラシー発達」という言葉を使っているが、それらが厳密に何を意味しているのかは分からない。
 ポツダム宣言の規定する至上命令とはポツダム宣言第10条に規定されていることを指すのだろう。

十、……日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ
言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ
憲法条文・重要文書 | 日本国憲法の誕生

 ここには、日本国民が「民主主義的傾向」を「復活強化」させるうえで障害になる物事を、日本国政府が排除すべきことと、思想の自由等や基本的人権の尊重が確立されるべきことが明記されている。矢内原の分類を参考にするなら、デモクラシーの物質的基礎と精神的基礎の両方は日本国民が「民主主義的傾向」を「復活強化」させる基盤であり、デモクラシーの精神的基礎は複数の確立されるべきことに対応している。
 矢内原がいう「われら」に関して、前述の書き換えでは、制度設計に携わらない一般の日本国民に対応させてみた。しかし、林が矢内原のこの小論を読んだ態度を参考にするならば、「われら」とは知識階層の人々、つまり一家言をメディア(当時のメディアというと雑誌の新聞のどちらかであろう)で公表するような人々だろう。これは、第四部で再度言及される「われら」についても当てはまる。
 ちなみに、終戦前の矢内原は、国の滅亡を論じたために大学から去らざるを得なかった。矢内原教授辞職の真相: 新しき中世を見てほしい。
 続く第2部では、被管理側ではなく管理側を分析することから米国化の検討がすすめられる。