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blechmusikの日記

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林達夫「新しき幕明き」で参照されている矢内原の著作は「管理下の日本」である

 先日、林達夫「新しき幕明き」の存在をふと想起した。
 林の若い読者は今はそれほどいないだろう……林が活動していた時代に関しては、高校の授業科目「倫理」で言及される和辻哲郎の義兄弟ということから、おおよその見当はつくだろうか。和辻の妻照は、林の妻芳の姉である。

 1950年に林は「新しき幕明き」というエッセイを雑誌『群像』に公表した。このエッセイが再録された『共産主義的人間』(月曜書房と中公文庫)は、今では『歴史の暮方』との合冊で中公クラシックから出版されている*1

歴史の暮方 共産主義的人間 (中公クラシックス)

歴史の暮方 共産主義的人間 (中公クラシックス)


 エッセイの内容は高校生ならば容易に理解できる。知識階層の人が「道化芝居」を開幕させることに対して、林は警鐘を鳴らした。「政治にうとい、政治のことに深く思いをいたしたことのない人間ほど、軽はずみに政治にとびこみ、政治の犠牲になるというのが、我が国知識階級の常套」*2であって、人の良い知識人は「政治の化けの皮がはげかかってから、それを追及し、それに悲憤慷慨する」*3。太平洋戦争の内容(「戦争の真実」*4)や占領軍の位置づけ(「戦後の真実」*5)について「到底我々が正気の沙汰とも思われぬ『たわ言』を」唱えてきた知識階級の人々が、「幕末志士の現代廉価版」*6として現れることで、「大いなる歴史的事件は二度繰返す、一度目は悲劇として、二度目は道化芝居(ファルス)として」*7。その道化芝居が1950年になりいよいよ開幕するのである。
 政治を深刻に捉えることが大事だと林は一貫して説く。事態を深刻に見ることができない「知識階級の政治的失格」を批判する一方で、事態そのものが軽々しくなったのではないかとの疑念を提示しつつも、しかしながら、最後には、たとえ事態が深刻にみえなくとも、今なお深刻であるというのだ*8
 林によれば、知識階級の人々の中でも矢内原は日本の事態の重さを深刻に受け止めていた。レオパルジ(レオパルディ)の著作「ヘラクレスとアトラスの対話」に言及しながら、次のように矢内原に一定の評価を与えている*9

 ……たしか一昨年の八月、敗戦三周年の感想として書かれた矢内原忠雄氏の『占領治下の日本』(『表現』)と題する一篇は当時批評家からはほとんど黙殺されたが、私の印象に強くのこった文章であった。少しばかり旧約の預言者じみたアクセントは気になったが、その全体に漲るっている圧しひしがれた先覚者のみが自ずと表現するアトラス的負荷感には心打たれるものがあった。Occupationというものがどういうものであるかを本当に冷徹に知っているものの灼熱した精神的風土が、まことに当時稀有なことではあったが、そこに展開されていたのである。あらゆる立場の相違にもかかわらず、私はその点には氏に深い敬意を払わないわけにはいかなかった。


 この引用箇所の説明が不適切であることに私は気づいた。矢内原は『占領治下の日本』と題するエッセイを書いていないから、林による矢内原の著作への言及は明白に誤っているのだ。これでは、「新しき幕明き」の中で矢内原の著作が肯定的に評価されているにもかかわらず、読者はそれを読むことができない。
 そこで矢内原の真の著作を探してみることにした。林が提示した情報を整理してみよう。著作が執筆されたのは1950年一昨年の八月、つまり1948年8月である。内容は、敗戦三周年の感想として書かれたものであり、旧約聖書の預言者じみた見解なるものが示されているようだ。いや、Occupation云々とのことであるから、敗戦3周年の感想というよりも、占領3周年の感想という方が適切かもしれない。
 まず手にしたのは矢内原関連の年表である。矢内原の全集29巻『書簡・補遺・年譜』によれば、1948年後半の矢内原の著作として「管理下の日本」(『表現』第1巻第5号)なるものがあり、そのエッセイは全集19巻に掲載されていることがわかった*10
 そして、矢内原の全集19巻『時論 II』に掲載されている「管理下の日本」にたどり着いた。「管理下の日本」の末尾によると、1950年8月9日に矢内原がこれを書き終えたらしい*11
 林が言及しようとしたエッセイが「管理下の日本」であったことは、これを一読すれば分かるだろう。

 矢内原の著作は青空文庫にいくつか収められているようだが、この「管理下の日本」は収録されていないようだ。

 それでは「管理下の日本」を何回かに分割して紹介してみたい。

*1:pp.336-342.

*2:pp.336-337.

*3:p.342.

*4:p.340.

*5:p.340.

*6:p.342.

*7:p.342.

*8:p.341.

*9:pp.341-342.

*10:p.738.

*11:pp.405-416.