blechmusikの日記

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安倍首相の靖国神社参拝報道に関する雑感

はじめに

 ここ数日安倍首相の靖国神社参拝が話題となっているが、そのニュース報道に接して疑問を抱いたことをまとめておきたい。

環球時報社説の紹介記事を読んで抱いた疑問

 <靖国参拝>安倍氏は“テロリスト”と同類、中国は「ブラックリスト」で強烈な反撃を―共産党関連紙 (Record China) - Yahoo!ニュースによれば、環球時報は、安倍首相をはじめとする「靖国に参拝し挑発的な行為」を行う議員らを中国に5年間入国させない措置を講じてはどうかと提案したらしい。ブラックリストを導入すれば、「中国は靖国参拝問題において主導権を握れる。同措置は日本の挑発行為に応えたまでのことで、国際社会からは同情と理解を得られる」、と環球時報は考えているようだ。また、安倍首相は、首相の地位を退かない限りは「中日関係はショック状態から立ち直ることはでき」ないような人物であり、中国にとっては「米国のブラックリストに」多く記載された「テロリストやファシスト……と同類」の者でもあるようだ。
 この記事概要から以下の疑問を抱いた。

  • もしかするとブラックリストを導入していない現在の中国は靖国参拝問題において主導権を握ることができていない、と環球時報は述べているのか
  • 主導権を握ることで中国は具体的にどのような利益を得られるのか
  • 今回の靖国神社参拝を受けて安倍首相の退陣を要求しているのか
  • 安倍首相がアメリカの入国拒否リストに掲載された「テロリストやファシスト……と同類」である理由は何か

 「特に社説の魔球的ロジックはすばらしい。評論文の試験に採用すると誤答が続出することは間違いなし」*1と評される環球時報の社説には一体何が書いてあるのだろうか。

環球時報の社説の内容

 そこで、「安倍をブラックリストに掲載することは一つの適切な対応策である」と題する、環球時報の社説記事の内容を確認してみたい。

 記事の構成はこうなっている。

パラグラフ 内容
1 安倍首相が靖国神社に参拝したことで、中国と韓国は反発し、アメリカは失望したと表明さえした。
2 中国による外交上の叱責は必要なことではある。だが、そうした非難を安倍首相は織り込み済みであっただろうし、日本国内にもさほど影響を及ぼすものではない。
3 中国人社会の人々は中国の無益な<<強い抗議>>なるものにうんざりしており、日本の好戦的な性質に対してさらにふさわしくかつ効果的なアプローチを期待している。
4 中国は国際社会で理解されうる少しばかり極端な報復手段を講じなければならない。日本側はそうした可能性を抽象的には考えているだろうが具体的には考えていまい。
5 非難が中国のみによって求められるものにすぎなければ、中国は国際的な政治的諸権利を容易く放棄してしまうことになる。実行力を欠く報復手段しか行使しない中国は国際社会から見かけ倒しの国家だと蔑まれることになる。
6 強力な報復手段として安倍首相と取り巻きの靖国神社参拝者をブラックリストに掲載することが検討されてしかるべきである。中国はそうした人々を一定期間、たとえば5年間閉め出すことができるのだ。
7 中国がブラックリスト導入に踏み切れば、安倍政権は日中関係を決して修復できなくなる。こうしたブラックリスト導入という報復手段は直接的かつ公然と安倍政権を狙って攻撃するものだが、しかし日本の次世代の政治家に対する警告にもなりうるのであって、靖国神社に参拝した政治家は中国に入国できなくなるのだ。そして、中国との交流を犠牲にしてまで安倍首相のような別の人物を将来的に首相に担ぎ出すことが適切なのか、と日本の政治家に助言する効果もありうる。
8 ブラックリスト導入は中国内において大いに適切な報復措置であろう。さらに世界的には、安倍首相の挑発行動に対する反発するため、かつ第二次世界大戦で負った罪を日本が反省しないことに反発するために中国はこうした行動に出るのだから、中国の反応は理解の上同情を得られるだろう。
9 日本は長らく主導権をとり、靖国問題で中国を刺激してきた。靖国神社参拝者をブラックリストに掲載すれば、中国にとって不利益な状況を覆し、主導権を日本から奪い取ることができるだろう。
10 日本からの挑発への報復措置の価値を検討する際には、日中友好の維持を最重要事項として捉えるべきではない。中国国家から見ると、安倍という人物は、政治的な悪党のように振る舞う者であるが、ブラックリストに通例見受けられるテロリストやファシストと大いに似ているのだ。


 この記事を一読すれば、大別して三者に対するメッセージが盛り込まれていることに気づくだろう。それは、中国国内に向けたメッセージ、(アメリカを想定しているであろう)国際的なメッセージ、日本国内の国会議員(政治家)に対するメッセージである。そうしたメッセージ性に気をつけながら先に示した疑問点を検討したい。
 もしかするとブラックリストを導入していない現在の中国は靖国参拝問題において主導権を握ることができていない、と環球時報は述べているのか。これについては9パラグラフ目の記述から明らかにそうだと断言できる。
 主導権を握ることで中国は具体的にどのような利益を得られるのか。国内的には、3パラグラフ目で述べているように、日本への対応に不満を抱いている層の反発を効果的に押さえられるという利益が生じるだろう。国際的には中国の存在感を示す機会を得るという利益がある。環球時報はこの主導権を握るということを、国際的な政治的諸権利なるものを示すための一手段として理解しているようだ(4パラグラフ目と5パラグラフ目)。記事では明記されていないが、記事全体の論調からすると報復手段とは結局は日本政治に影響力を及ぼしうる手段であるから、国際的な政治的諸権利とは他国に影響を公然と及ぼしうる立ち位置を表した表現なのだと思う。また、中国がそうした国際的な理解を得るためには、第二次世界大戦の罪を反省しない日本に対する報復措置として国際社会に訴えていくことが重視されているようだ(8パラグラフと10パラグラフ)。
 今回の靖国神社参拝を受けて安倍首相の退陣を要求しているのか。記事の趣旨からすると安倍首相が首相の地位にいることは環球時報にとって好ましくないだろうが、ただし退陣を要求しているとまでは断言しえない。むしろ、7パラグラフによると、靖国神社参拝をした政治家を今後首相を務めないように圧力をかけるという長期的な戦略をも視野に入れているという姿勢を、環球時報は示したいようだ。
 安倍首相がアメリカの入国拒否リストに掲載された「テロリストやファシスト……と同類」である理由は何か。まず、記事を見れば分かるように、アメリカの存在が明示的に言及されたのは1パラグラフのみであり、テロリストやファシスト云々と述べている10パラグラフではとくにアメリカについて触れている訳ではない。だが、record chinaの翻訳者・編集者が敢えて補足したように、commonly ということばにアメリカの存在を見いだすのが適切だと思う。中国としては、テロリストやファシストが戦争に対する罪を負っているのでそうした者をアメリカが入国を拒否してきたと理解しており、さらに、安倍首相のみならず靖国神社に参拝する政治家は第二次世界大戦における日本の罪を反省していないので入国拒否してもかまわない。安倍首相は平和を乱す存在としてはテロリストやファシストと同じ類いの人物といえよう。中国はアメリカと共に、戦争の美化を嫌い平和を希求していこうと努力するのだ。環球時報はこう訴えようとしているのだろう。
 記事をまとめるとこうなるだろう。中国は日本(の国会議員)が第二次世界大戦の罪を反省していないことを深刻に受け止め、これまで日本の国会議員による靖国神社参拝に効果的に対処できなかったことを反省して中国国内で講じうる手段に着手することも考えており、今後もアメリカと同様に平和を希求する国家でありたい。


 ここで日本に関する言説について一点補足しておきたい。7パラグラフ目の後半部分には報復措置がもたらす日本への潜在的影響が明記されている。vote for ... prime minister とは、日本の憲法上議院内閣制が採用されていることに鑑みれば、有権者が国会議員を選出する選挙での投票ではなく、国会議員が内閣総理大臣を指名するために行われる内閣総理大臣指名選挙での投票のことだろう。それを踏まえて少々意訳するとこうなる。

この報復手段は日本の人々に対する助言にもなり得るのであるが、その日本の人々というのは有権者一般ではなく、内閣総理大臣指名選挙で安倍のような者に投票する際に、二回目であるが、中国とのハイレベルでのあらゆるやりとりを代償にすることを判断しなければならない国家議員のことである。


[The countermeasure] could also become a reminder to Japanese people, who must think twice before they vote for another Abe-like prime minister at the cost of all high-level exchanges with China.

Blacklisting Abe an appropriate reaction - Frontpage - OP-ED - Globaltimes.cn

 日本の国会議員は平素から靖国神社への参拝を控えるようにするだけでなく、さらに靖国神社に参拝するような人物を内閣総理大臣として指名しないようにせよ。環球時報は日本の政治家にこのようなメッセージを伝えたいようだ。

アメリカに対する中国と日本のメッセージから学ぶもの

 環球時報の記事にはアメリカを意識したと思われる国際的なメッセージが含まれていると私は感じた。例えば10パラグラフ目では、先述したように、第二次世界大戦の惨禍を反省しない者に立ち向かい平和国家を築き上げようとする点で中国とアメリカは共通している、という趣旨のことを述べている。
 では日本側のメッセージはどのようなものか。靖国神社に参拝した直後の安倍首相の発言を引こう*2

日本は戦後、自由と民主主義を守って参りました。そしてそのもとに平和国家としての歩みをひたすら歩んできた。この基本姿勢は一貫しています。この点において一点の曇りもございません。これからも謙虚に礼儀正しく誠意を持って説明をし、そして対話を、対話を求めていきたいと思います

【首相靖国参拝】首相ぶらさがり取材での発言全文+(2/3ページ) - MSN産経ニュース

 これは、自由と民主主義を守ることで平和国家を築き上げようとする点で日本とアメリカは共通している、という趣旨のことだろう。
 このような日本と中国のメッセージの違いからは、平和国家を築き上げるうえで自由と民主主義は守る必要があるのか、そもそも自由や民主主義と平和国家の関係はどのようなものかを考える必要が出てきそうだ。

米国大使館のプレスリリースに対する環球時報社説の返答

 こうした環球時報の社説と、社説公表前日に米国大使館が出したプレスリリースを併読すればどうなるだろう。
 米国大使館はプレスリリースで、日本と日本の隣国諸国に対し関係を改善し地域の安定化のために協調することを求めていた。

 それに対して環球時報の社説は、日中間の関係改善が見込めないことを前提として、中国国内からの反発にはこれまでの手段では対処しえないことと、中国が取りうる新たな方策として日本の政治家入国拒否のためのブラックリスト導入が考えられ、こうした手段は国際的にも是認されうると主張していた。
 中国が主導して日中間の関係を改善する方策に関しては環球時報の社説で述べられてない。これは注目されてしかるべきだろう。日本への厳しい対応策を採用してこなかった中国政府には中国国内から反発があるのだから、ましてや日本に対して何らかの形であれ下手に出て関係改善を探るというのは中国政府が採用し得ない策なのだろう。中国政府としては関係改善への動きを取ることができず、日本側の政治家に直接的間接的に働きかける手段しか残されていない。これが環球時報の見解だと思う。
 中国政府の米国大使館のプレスリリースに対する返答は、中国政府が率先して関係改善に着手することは国内事情に照らせば困難であって、中国は日中関係の修復を日本の政治家に対する圧力を通じて達成できると思うからそうした考えについてアメリカはよく理解してほしい、といったところだろうか。

honor と worship の違い

 安倍首相の靖国神社参拝に関する環球時報の別の記事を読み、上記とは異なる疑問を抱いた。Liu YunlongのChina, S.Korea slam Abe’s shrine visit - WORLD - Globaltimes.cnには honor が使用されているのだが、worshipの方が文脈上より適切ではないだろうか。私見では、honorの方は何かしらの行動に対する名誉や尊敬の念をより強調するもので、worshipは超自然的な存在や聖なるものを敬慕するものとして使われる気がする*3
 首相は、もしも靖国神社を神社として理解しているならば、Worshipping│About Yasukuni Shrine│Yasukuni Shrineのように神社としての性格上 worship の側面を対外的に発信しようとしない限り、自身の見解が他国に伝わるとは考えないほうがよいと思う*4。また、honorとworshipの違いを明確に説明しない限りは、アーリントン墓地の事例を引き合いに出して靖国神社参拝を論じることも控えた方がよいだろう。
 逆に靖国神社を御霊を祀る施設というよりも顕彰の施設として捉えているならば、むしろアーリントン墓地の事例を引き合いに出して靖国神社参拝を論じるべきだろう。

14 Class-A war criminals の存在と無宗教の追悼施設の意義

 China, S.Korea slam Abe’s shrine visit - WORLD - Globaltimes.cnの4パラグラフ目は興味深いと思う。その部分を訳してみよう。

靖国神社とは日本の戦争で亡くなった約250万の御霊が信仰上祀られている施設であり、その御霊の大部分は普通の兵士である。しかし、犠牲となったアジアの人々に凶悪な犯罪を犯したA級戦時犯罪者14名は、相変わらず靖国神社において礼遇されている。


The Yasukuni Shrine is the believed repository of around 2.5 million souls of Japan's war dead, most of them common soldiers. However, 14 Class-A war criminals from World War II who committed heinous crimes against the victimized Asian people remain honored there.

China, S.Korea slam Abe’s shrine visit - WORLD - Globaltimes.cn

 もしも中国が靖国神社参拝について関心を寄せる点がこのようないわゆるA級戦犯が追悼対象者となっていること、すなわち普通の兵士が追悼の対象者の大多数だとしてもA級戦犯が追悼の対象者のうちに(どれくらいの割合であれ)含まれていることならば、「無宗教の国立追悼施設」*5を建設して追悼対象者の範囲をどれほど拡張したとしても、A級戦犯がその追悼対象者に含まれている限り中国が批判を控える余地は生じないのではないか。

 将来的には、まず平和を愛する諸国が追悼対象者にふさわしくない者のリスト、いわば追悼対象者のブラックリストを作成し、そのうえで日本はそのリストを踏まえて追悼を行うことになるのだろうか。

アメリカは日本のために平和憲法を編み出したのだから……

最後に中国社会科学院のWang Ping氏による発言の箇所に目を向けてみよう(16パラグラフ目)。

……アメリカが日本のために平和憲法を編み出したのだから、日本が第二次世界大戦後の秩序を否定しようとすることはアメリカを否定する素振りと同様であろう。


... as the US formulated the pacifist constitution for Japan, Japan's attempts to deny the post-World War II order would also be a gesture to deny the US.

China, S.Korea slam Abe’s shrine visit - WORLD - Globaltimes.cn

たしかにアメリカ側は日本に戦争に関わらせないような憲法を作りたかっただろうが、しかし、日本側は憲法制定の過程でそのアメリカの意図を法的に挫くよう文言を注意深くかつ効果的に選び、最終的にその試みは成功した。その所産が日本国憲法の憲法9条である。つまりアメリカ側の考えを幾分否定したものは憲法9条の文言としてすでに表われている。森田氏の一連の著作を読む限りそう捉えるのが妥当であろうが、こうした見解が広まることはあるまい。

憲法制定の“謎”と“策”〈上〉

憲法制定の“謎”と“策”〈上〉

他のサイトの関連エントリー

本エントリーでは中国側の反応について考察をすすめた。韓国側の反応については以下の記事が参考になりそうである。

*1:建て前「日本とは持久戦だ!」本音「戦争しないのでガタガタ騒ぐな」=環球時報社説の読み方指南 : 中国・新興国・海外ニュース&コラム | KINBRICKS NOW(キンブリックス・ナウ)

*2:【首相靖国参拝】首相ぶらさがり取材での発言全文+(2/3ページ) - MSN産経ニュース

*3:OEDではworshipの意味として"To honour or revere as a supernatural being or power, or as a holy thing"を掲げているが、それに対してhonorにはそうしたニュアンスがあるとは明記されていない。

*4:例えば、首相 参拝に理解得られるよう努力 NHKニュースは、私はworshipの方だと思うが、honorとworshipのいずれかを意味した発言なのだろう?

*5:国立追悼施設・分祀、官房長官は慎重な姿勢:朝日新聞デジタル