blechmusikの日記

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防災市民憲章に関する偶感

はじめに

 釜石市東日本大震災検証委員会開催結果の第四回と第五回の議事録が先日公開された。

 本エントリーではこの議事録をもとに防災市民憲章に関して私が感じたことを述べたい。

防災市民憲章に関する疑問

 第四回検証委員会の終盤で、震災検証室長が防災市民憲章なるものを制定する旨を説明している*1。この説明に接した私は、そもそも防災市民憲章とはいかなるものを目的としたものか、誰が制定するのか、防災市民憲章なるもので定められる事項の限界は何か、という点について疑問を抱いた。
 私と同様の問題意識を有しているのが山﨑委員であり、「防災市民憲章を何のために作るのかというコンセプトを明確」にするよう市職員に求めている*2。この委員はさらに、日本全国において横浜市だけが防災市民憲章を制定しているとの説明を受け、「横浜市がなぜそういうものを制定したのかという背景についてもできれば調べていただきた」いと述べている。
 山﨑委員が提示した疑問に対し議事録を通覧する限り市職員は回答していない*3
 いったい防災市民憲章とは何なのだろうか。

釜石市の市職員による説明

防災市民憲章について震災検証室長が何を説明したのか見てみよう*4

 避難の進め方ですが、今、協議ということでまとめております。今後の作業としましては、更に教訓をベースにしまして、防災市民憲章のとりまとめを目指すということで考えております。それで、教訓(案)の前文で半分話題に上っておりますが、何を後世に残すのかということの共通認識を持ちながら、後世に分かりやすく伝える作業が必要になって参ります。
 それで、防災市民憲章について横浜市の事例がありましたので、お手元に配布しております。詳しくは御説明しませんが、組み立てとして、前文、本文、行動指針としてまとめてあります。こういう形で、当市の防災市民憲章の方も、まとめていければと思います。

平成25年度第4回釜石市東日本大震災検証委員会開催結果 - 釜石市

 前後の文脈を勘案すると、釜石市における防災市民憲章とは津波からの避難行動に関する何かしらの教訓を含むものであって、その教訓とは後世の(地方)公務員に伝えたいもの(職員による避難誘導の理念や手法などがあてはまるだろうか)というよりも、地域住民に伝えたいもの(発災時には自主的に避難せよとの行動指針)らしい。ただ、この説明からは防災市民憲章の全体像が分からず、防災市民憲章の目的や制定者、その限界について読み取ることはできない。

横浜市の防災市民憲章「よこはま地震防災市民憲章」の規定

 続けてこの説明中に表われる横浜市の防災市民憲章、すなわち「よこはま地震防災市民憲章」というものの前文を見てみる*5。この憲章は釜石市東日本大震災検証委員会第四回で参考資料として配付されたものだ。

ここ横浜は、かつて関東大震災に見舞われ、多くの方が犠牲になりました。
地震は必ずやってきます。その時、行政からの支援はすぐには届きません。
私たち横浜市民はそれぞれが持つ市民力を発揮し、一人ひとりの備えと地域の絆で大地震を乗り越えるため、ここに憲章を定めます。

「よこはま地震防災市民憲章」

 この憲章においては関東大震災のような大地震のもとで一定時間生き残ることこそが重要だと位置づけているのは間違いあるまい。そして、生き残るうえで横浜市民は「市民力」の発揮という手段を用い、かつ一人一人による事前の備えとともに地域住民同士の連携が求められるようだ。では「よこはま地震防災市民憲章」が明記する「市民力」なるものは何だろうか。横浜市がこの用語について明確に定義づけたものを探すことができなかったので、ここでは横浜市自身以外の説明を参照する。神奈川県横浜市(1/3) | 関東 | ニッポン 環境都市探訪によれば「人口370万人のうち、約8割の市民が自治会に加入しており、公共意識の高い市民が集っている。この市民力……」ということから、市民力とは公共意識の高い市民によって行使される力を指すようだが、しかしその力が何かは私には今なお理解できない。
 言うまでも無いことだが、震災のもとで生き残ることが重要であることは誰しも否定しえない。それはそうとして、ではそれを達成するために防災市民憲章を誰がどのような目的で定めるのか。前文には「横浜市民は……憲章を定めます」とあるから、横浜市民が自力で安全を確保する姿勢を確認し自らを律する目的でこの憲章を定めたようだ。
 市民が自分自身の行動規範を定めて来たるべき震災に立ち向かってゆく。力強く美しい話だといえよう。

横浜市総務局による「よこはま地震防災市民憲章」の説明

 実のところ横浜市総務局によれば、「よこはま地震防災市民憲章」とは、減災目的で自助・共助を利用する大切さを共通認識として住民に諭すため、そして後世の住民にもその認識を引き続き諭そうとして、横浜市が自治体として策定したものらしい。さらに横浜市会の「『よこはま地震防災市民憲章』を積極的に推進する決議」によれば「東日本大震災の記憶を風化させない」ことも目的の一つであるようだが、ただこれについて横浜市総務局側は一切言及していない。同憲章制定の目的と制定過程について横浜市総務局は「憲章制定の基本的な考え方」で次のように説明している。

 私たちは、東日本大震災により、災害の発生を完全に防ぐことは不可能であることを再認識させられました。
 そこで重要になるのが「減災」の考え方です。完全に防ぐことはできませんが、減らすことは可能です。そして、そのためには「市民一人ひとりの日ごろの備え(自助)」と「地域での助け合い(共助)」が欠かせません。
 こうした考え方のもと横浜市では、広く市民の皆さまに、減災に向けた自助・共助の大切さを共通認識として持っていただくため、また、それが世代を超えて引き継がれていくことを願って「よこはま地震防災市民憲章」を策定しました。
 この憲章が、市民の皆さまの間に広く浸透し、長く親しまれるものとなるよう、策定に当たっては自治会・町内会、地域防災、福祉、学校・子育て、男女共同参画、企業、活動団体など、様々な分野でご活躍されている、11名の委員による「横浜市地震防災市民憲章(仮称)策定にかかる市民検討会」でご意見をいただき、作成してまいりました。

横浜市総務局 基本的な考え方

 なるほど横浜市の防災市民憲章とは、自治体が住民に対して「減災に向けた自助・共助の大切さ」を住民に広めようとして、様々な人々から意見を集約し、最終的には自治体が制定したものである。制定過程を考慮すれば、憲章の制定者や目的の解説は憲章の規定自体よりも横浜市総務局による説明がより適切のようにみえる。
 もっとも、その憲章によって定め得ることと定め得ないことの限界はどこにあるのか、どのような手続をもって制定というのか(市民による投票を得ないで「横浜市民は……憲章を定めます」というように自治体が市民の総意としてこうした憲章なるものを定めることが可能なのか)、その憲章の制定に自治体が各種リソースを費やす(権限の)根拠は何か、といったことについて私は未だに分からない*6

自治体は「減災に向けた自助・共助の大切さ」をどの住民に伝えるか

 憲章の性質関連の話はそれはそれとして、憲章によって利益を得る人々、つまり自治体が「減災に向けた自助・共助の大切さ」を伝えようとする住民について考えてみたい。
 「減災に向けた自助・共助の大切さ」を自治体が住民に伝えようとするならば、その住民とはどのような人々なのかが真剣に考察されねばなるまい。なぜなら既に自助・共助の大切さを理解している住民に対してはその大切さをそれほど説く必要はないだろうが、逆にそうでない住民に対しては安全を確保するよう熱心に伝えなければならないかもしれない。このように、どのような住民を想定するかによって、自治体の語り方は大きく異なりそうだ。
 伝えるべき現在の住民を考えるうえで、自治体は、裏付けとなる各種データをもとに住民が防災・減災への関心をどの程度有しているのかを想定しなければならない。釜石市は震災後にいくつかのアンケートを行っているから、それらを参照することによって住民の関心を把握できる。もしかしたらそう思う人がいるかもしれない。しかし、釜石市の震災アンケート調査結果をもとに防災に関して議論すべきではない - blechmusikの日記やはり釜石市の震災アンケート調査結果をもとに防災に関して議論すべきではない - blechmusikの日記で述べたように、釜石市が収集し分析したデータには欠点が存在するのであるから、これを看過してはなるまい。また、信頼できるアンケートであるとの前提はあるが、その内容から真に何を読み取りうるかについて議論しはじめたことは注目に値するだろう*7。このようにアンケート結果を批判的に理解しない限り、訴えかけるべき住民を画定することは不可能である*8
 定量的な分析はなされていないが、住民側の意見なるものは住民全体の中でも発言する機会を有している者に偏ってしまっているのではないか、という疑念も特筆すべきことである*9
 どのような住民に対して「大切さ」を伝えようとするのかが明らかにされなければならない。

自治体は「減災に向けた自助・共助の大切さ」をどのように住民に伝えるか

 現在の住民が「減災に向けた自助・共助の大切さ」に関心を有さないならば、自治体はいっそのこと、条例によって地域住民に「減災に向けた自助・共助の大切さ」を説くセミナーや講習を受講し、避難訓練を実施するよう法的に義務づけ、参加しない者には原則として罰を課してはどうだろうか?もちろん、強制的に押しつけられた「大切さ」なぞほとんど身につかないし、現実的には誰もが避難訓練に参加できるわけではなく、結果として災害時の避難行動に与える正の効果はあるとしてもごくわずかにすぎないとの反論があり得るだろう。しかし、現在の住民の大部分は「減災に向けた自助・共助の大切さ」に関心を有していないように見え(第五回検証委員会の様々なエピソードはそうした例に該当すると私は思うがどうだろう?)、その住民の安全を確保するために自治体がすべきことを自治体が喫緊の問題として把握し、予想もできない規模の災害に対処しうる住民の防災・減災意識を速やかに形成し(普及させ)、それを維持し続けようとするならば、こうした強制的な手段を空想することも無駄ではあるまい。
 市民自身が制定したかのような文言を盛り込む防災市民憲章を性急に策定しようとする前に、自治体はなぜ「減災に向けた自助・共助の大切さ」を住民に諭そうとするのか、住民にその大切さを諭す目的の強制的な手段はどこまで講じうるか、また講じるべきと考えているか、といったことを自治体には率直に語ってほしい。自治体が震災の教訓をまとめれば住民から行政の怠慢を指摘されるかもしれない、などと怯えている場合ではないのだ*10。そうしてはじめて自治体側の危機意識が住民に浸透し、自治体と住民間の相互理解が深まることで、防災・減災に向けての取り組みが進んでゆくだろう。

*1:第四回検証委員会, pp.25-26

*2:第四回検証委員会, p.26(山﨑委員発言)

*3:第五回検証委員会より。

*4:第四回検証委員会, pp.25-26

*5:http://www.city.yokohama.lg.jp/somu/org/kikikanri/kensyo/kensyobun.pdf

*6:自治体がそのように活動する根拠をあえて示すならば、災害対策基本法46条(災害予防及びその実施責任)であろうか。

*7:第五回検証委員会, pp.29-30

*8:実在する住民の姿をデータの裏付けをもとに理解しようという自治体の姿勢は肯定されるべきであるとはいえ、それではなぜこれまでそのように議論しなかったのかは反省されてしかるべきである。

*9:第五回検証委員会, pp.9-10

*10:第四回検証委員会, p.23, 山﨑委員発言。