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blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

瀬戸委員発言から津波からの避難を考える

東日本大震災

 平成25年度第3回釜石市東日本大震災検証委員会開催結果 - 釜石市 の議事録中(PDFファイル)の瀬戸委員発言(p.6)は避難場所の選定に関する興味深い言及だといえよう。瀬戸委員といえば地域住民として津波防災活動に熱心に取り組まれてきた方である。 瀬戸氏については NHK のサイトに出演なさっている動画があるので、そちらを参照してほしい。

 瀬戸委員が中学生は津波の性質を理解していなかったからございしょの里(という危険な場所)に一度逃げてしまったのではないかと問題を提起したら、同市の津波防災教育学習に助力してきた金井委員は回答を差し控えた。ございしょの里とは、中日新聞:釜石、生死分けた津波避難 明暗(上):東海エリア地震情報(CHUNICHI Web) の図中の「介護事務所」がそれである。ございしょの里が津波からの避難場所としてふさわしくないというのは, 1.付近に川があり(約200m)遡上してきた津波から逃げられない恐れがある, 2.さらに高い場所に移動するには不便な場所である, といった理由に基づくのだろう。
 一体なぜ中学生はこの場所に避難したのだろうか?NHK生活情報ブログ:NHK 2011年08月23日 (火) 津波から生き延びる 釜石東中学校の報告 では、ございしょの里へ避難するよう中学生に指示したのは教員だったと報道されている。この報告の詳しい内容が掲載されている特集 東日本大震災から学ぶ 〜いかに生き延びたか〜 によると、震災までの訓練ではまさにこのございしょの里に避難していたらしい。要するにございしょの里とは従来の避難訓練において避難場所であり、また震災当日も避難訓練通りに避難した場所だったのである。
 それではございしょの里を一次的であれ避難場所として関係者は決めてしまった理由は何か?、利用しうるトイレ施設の確保や避難場所への距離等様々な要素を勘案したからだ、との関係者による解説に接した記憶はあるのだが、その出典は残念ながら失念してしまった。
 瀬戸委員の発言を当時の事実に照らして言い直すならば、生徒だけではなく避難訓練の計画作成に携わった関係者までもが震災当日までに津波の性質を理解できていなかったので従来の避難訓練と震災当日の避難において不適切な場所を避難場所として利用してしまった、といえる。もっとも学校の敷地内にいた中学生がすべて独力で誰の指示も受けず避難したとは同校の津波防災教育学習に直接携わってきた瀬戸氏は考えていないだろうから、避難行動に出た生徒というよりも避難訓練の計画作成に携わった関係者の判断過程こそまず批判されるべき、というのが瀬戸氏の真意だと私は思った。
 このような瀬戸委員の意見を踏まえて、災害で被害を受ける可能性がある学校においては慎重な検討を重ねた上で避難場所を選定してもらいたいものである。


 なお、瀬戸委員発言をこのように考えたうえで以下の記事を読めば、中学生の行動と避難訓練の計画作成に携わった関係者の判断をアナロジーを用いてより細かく分析できると思う。