blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

やはり釜石市の震災アンケート調査結果をもとに防災に関して議論すべきではない

一年以上前に、釜石市の震災アンケート調査結果に関する批判的なエントリーを公開した。

 その後、「平成25年度第2回釜石市東日本大震災検証委員会」が開催されたことをとある方から伺った。関連資料は以下のページで公開されている。

 「語り継ぐ」のではなく「引き継ぐ」ことを考えよという話が「平成25年度第2回釜石市東日本大震災検証委員会開催結果」のpp.4-6に出てくるが、このままでは偏った生者の「語り」しか伝わらないのではないだろうか?私はそう考えている。「参考資料2:釜石市民を対象とした東日本大震災の津波避難に関するアンケート調査結果」には地域住民との関係で回答内容および回答者がどのように偏っているのかが明記されておらず、震災アンケート調査が住民全体の行動をどの程度表しているのか分からない。「0.回答者の概要」には回答した者の属性しか記載されておらず、回答しなかった者を含む調査対象者全員の属性は分析の対象になっていないのである。このアンケート調査結果をもとに今後も議論をすすめるのは得策ではあるまい。
 人々が津波から避難する様子については震災アンケート調査に全面的に依拠することは避けて、インターネット上の動画投稿サイトに投稿された動画や地元のケーブルテレビが撮影した映像、テレビ局が放映した様々なインタビュー動画を網羅的に収集し、総合的に調査すればよいと思う*1


 関連資料を読んで興味深く思ったことを二点書いておきたい。
 一つは「恋の峠」という地名が津波に由来するという話だ*2。なるほど、現在はリニューアルされてしまい閲覧できなくなっているが、かつての市役所のウェブサイト上にはそのような話が掲載されていた*3。もしも地元の小学生・中学生が広くこの話を知っていれば、彼らは山へ一目散に逃げたのではないだろうか。
鵜住居に伝わる話~第2集~より 第1話  恋の峠 − 津波・恋にまつわる物語も −
 もう一つは災害対応時の役所内部の資料が散逸しており、その整理が難しくなっていることである*4。思うに、支援を提供した他の地方自治体や調整を行った各関係機関に問い合わせれば一定量の資料は集まるであろうが、しかし徹底的に収集できるわけではあるまい。危機管理上のノウハウを伝えていくためにも、そうした資料の整理には力を大いに注いでほしいものである。

*1:たしかNHKの番組だったと思うが、「津波避難ビル」付近にいた小学生(当時)から避難を呼びかられたにも関わらず、近くに居た大人たちはすぐに避難しなかったという。このようにすぐに避難をしなかった人は震災アンケート調査にどれほど率直に答えているのだろうか。そもそも震災アンケート調査に回答したのか?

*2:「平成25年度第2回釜石市東日本大震災検証委員会開催結果」の両石町自主防災組織 代表 瀬戸元委員発言(p.10)と釜石市消防団 団長 山崎長栄委員発言(p.15)。

*3:ただし先の瀬戸発言と山崎発言とは内容に違いがある。

*4:「平成25年度第2回釜石市東日本大震災検証委員会開催結果」の臼澤震災検証室長発言(p.20)。