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blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

麻生副総理の「ナチス発言」に関する雑感

注意!

 マスコミ批判の件に関してこのエントリーに寄せられた批判を受け入れ*1、私見を修正します。そこで、補訂版として新たなエントリーを作成しました。率直に批判して下さった頓馬な鮟鱇さんに感謝します。


 


目次

  • はじめに
  • 今回の発言の趣旨
  • 気になった点
    • その1: ユダヤ人関連で麻生副総理はナチスを好意的に評価していたか
    • その2: 麻生副総理による過去のナチス関連の発言をどう考えるか
    • その3: 過去の発言との比較をなぜメディアは行わないのか
    • その4: マスコミ批判の文脈をなぜメディアは紹介しないのか
  • おわりに
  • 追記: 麻生副総理の発言の趣旨に関する他の読解例

はじめに

 7月29日に開催された、国家基本問題研究所7月月例会「日本再建への道」における麻生副総理の講演が国内外で注目されている。「あの手口学んだらどうかね」という麻生副総理の発言を問題視し、麻生副総理は議員と閣僚を辞職すべきだと強く非難する見解も出てきた*2。首相が記者団からこの件について質問を受けることもあった*3。海外メディアの反応として、麻生氏、「ナチス式憲法改正」に関わる発言を撤回したい表明_新華網Japan's deputy PM Aso says he won't resign over Nazi comments | Reutersがある。

 このエントリーでは、各種報道や講演の音声から麻生副総理の発言の趣旨を推察して、それをもとに麻生副総理が何を語ろうとしたのかを明らかにしてみたい。資料とするのは2013年08月04日以前の紙媒体の新聞とウェブ上の記事である。発言の内容が断片的に報じられている現在では、発言者がどのような文脈で何を言おうとしたのかを理解し、それをもとに議論をしようとする姿勢は大事なものだと私は考えている。有益な議論に資するような分析をしたいものだ。

 さらに、今回の発言の趣旨を検討する際に気になった点を付言しよう。

 なお、このエントリーのタイトルは、朝日新聞2013年08月01日夕刊の記事「麻生副総理のコメント<全文> ナチス発言撤回」という題名を参考にしてつけたものである。


今回の発言の趣旨

 朝日新聞がウェブサイト上で今回の発言の要旨*4と詳細*5を公開しているので、これらを利用して小見出しをつけながら麻生副総理の発言の趣旨をまとめてみたい*6。ただ、朝日新聞がいかなる基準で段落を分けたのか明らかではないので、当方で任意に段落を分割しなおした。また、麻生副総理の「ナチス憲法」発言の音声 - YouTubeという動画があるので、「ナチス憲法」を引き合いにした麻生太郎副総理発言について: 極東ブログの書き起こしを参照しながら、発言以外の雰囲気をより正確に把握できるよう留意して*7、当該箇所を書き起こしてみる。


  • 麻生副総理が考える憲法改正の目的と理想的な世論
    • 「日本の置かれている国際情勢は(現行憲法ができたころと)まったく違う。護憲、護憲と叫んでいれば平和がくると思うのは大間違いだし、仮に改憲できたとしても、それで世の中すべて円満になるというのも全然違う。改憲の目的は国家の安全や国家の安寧。改憲は単なる手段なのです。狂騒・狂乱の騒々しい中で決めてほしくない。落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正は成し遂げるべきなんです。そうしないと間違ったものになりかねない。」*8
  • 先進的な憲法下であってもヒトラー出現のような事態はありうる
    • 「僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。」*9
  • 憲法の運用は(国会)議員の行動等に左右される
    • 「ここはよくよく頭に入れておかないといけないところであって、私どもは、憲法はきちんと改正すべきだとずっと言い続けていますが、その上で、どう運営していくかは、かかって皆さん方が投票する議員の行動であったり、その人たちがもっている見識であったり、矜持(きょうじ)であったり、そうしたものが最終的に決めていく。」*10
  • 憲法改正については(有権者)各世代で認識に差がある: 現実的な20代、30代、70代以上 / 現実的ではない50代、60代
    • 「私どもは、周りに置かれている状況は、極めて厳しい状況になっていると認識していますから、それなりに予算で対応しておりますし、事実、若い人の意識は、今回の世論調査でも、20代、30代の方が、極めて前向き。一番足りないのは50代、60代。ここに一番多いけど。ここが一番問題なんです。私らから言ったら。なんとなくいい思いをした世代。バブルの時代でいい思いをした世代が、ところが、今の20代、30代は、バブルでいい思いなんて一つもしていないですから。記憶あるときから就職難。記憶のあるときから不況ですよ。この人たちの方が、よほどしゃべっていて現実的。50代、60代、一番頼りないと思う。しゃべっていて。おれたちの世代になると、戦前、戦後の不況を知っているから、結構しゃべる。」*11
  • 憲法改正に関する麻生副総理の主張
    • 「しかし、そうじゃない。しつこく言いますけど、そういった意味で、憲法改正は静かに、みんなでもう一度考えてください。どこが問題なのか。」*12
  • (憲法の運用を担う国会議員によって)自民党憲法改正草案は冷静な議論を通じて作成された
    • 「きちっと、書いて、おれたちは(自民党憲法改正草案を)作ったよ。べちゃべちゃ、べちゃべちゃ、いろんな意見を何十時間もかけて、作り上げた。そういった思いが、我々にある。そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。『ちょっと待ってください、違うんじゃないですか』と言うと、『そうか』と。偉い人が『ちょっと待て』と。『しかし、君ね』と、偉かったというべきか、元大臣が、30代の若い当選2回ぐらいの若い国会議員に、『そうか、そういう考え方もあるんだな』ということを聞けるところが、自民党のすごいところだなと。何回か参加してそう思いました。ぜひ、そういう中で作られた。」*13
  • 憲法改正に対する麻生副総理の主張
    • 「ぜひ、今回の憲法の話も、私どもは狂騒の中、わーっとなったときの中でやってほしくない。」*14
  • 麻生副総理が静謐を求めたいもの
    • 靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。静かに、お国のために命を投げ出してくれた人に対して、敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かに、きちっとお参りすればいい。何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。いろんな日がある。大祭の日だってある。8月15日だけに限っていくから、また話が込み入る。日露戦争に勝った日でも行けって。といったおかげで、えらい物議をかもしたこともありますが。」*15
  • 静謐を保ち参拝すべき/冷静に議論をすべき
    • 私による書き起こし版*16: 「僕はあの4月の28日、忘れもしません4月の28日、昭和27年、その日から、『今日は日本が独立した日だから』っていって、月曜日だったかな、靖国神社に連れて行かれましたよ。それが、初めて私が靖国神社に参拝した記憶です。それからこんにちまで、まあ、けっこう歳食ってからも毎年一回、必ず行っていると思いますけれども、そういったようなもんで行ったときに、わーわーわーわー騒ぎになったのは、いつからですか、これは。<聴衆笑いなし>昔はみんな静かに行っておられましたよ。各総理大臣みな行っておられたんですよ、こりゃ。いつから騒ぎにしたんです。マスコミですよ。<机を叩く音か>ちがいますかね。<聴衆拍手>だから、そう、いつのときから騒ぎになった?と私は、騒がれたら、中国も騒ぐことにならざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから静かにやろうや。<聴衆含み笑い>と、いうんで、憲法もある日気がついたら、ドイツの、さっき話しましたけれども、ワイマール憲法もいつのまにか替わってて、ナチス憲法に替わっていたんですよ。<麻生副総理・聴衆とも1秒間沈黙>だれも気づかないで替わったんだ。あの手口学んだらどうかね。<聴衆笑>もうちょっと、わーわーわーわー騒がねえで。本当にみんないい憲法これが、と言ってそれをみんな納得してあの憲法変わっているからね。だからぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりも全くありませんし、しかし、私どもはこういったことは重ねて言いますが、喧噪のなかで決めないでほしい。それだけは是非お願いしたいと思います。<聴衆拍手>」*17


 この麻生副総理の発言から抽出できる趣旨として五点を挙げられるだろう。第一は、<麻生副総理が考える憲法改正の目的と理想的な世論>が麻生副総理の基本的な価値判断のように見えることである*18。朝日新聞が麻生副総理の発言の「詳細」として公表したものからはこの部分が欠落しているが、それはもしかすると、この部分はさほど重要ではないと朝日新聞の人が判断したせいかもしれない。しかしながら私見では、朝日新聞が公開した発言要旨と詳細の発言を併せてみれば、やはりこの部分が麻生副総理の発言全体の趣旨をよく表しており注目に値する。この箇所以外の個別の発言に関しては、この基本的な価値判断にできるだけ沿うよう私は理解したい。

 第二は憲法の制定に関わる人々と運用の担い手を分けて考えていることだ。前者は有権者であって、憲法改正に対する認識が世代間で異なっており、より詳しく言うと(日本の)周りを取り巻く事情について現実的な見方をする世代と、そうでない世代に二分される。後者は国会議員であり、麻生副総理によれば自民党の議員は極めて冷静な議論を展開してきたという。説明の仕方から察するに、憲法の運用側たる(自民党)議員のほうは憲法改正草案について冷静に議論できたのだから、有権者の皆さんも同様に冷静に議論をしましょう、と麻生副総理は言いたかったのだろう。

 第三は、「落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正」が成し遂げられなかった一例としてナチスの事例を理解しているように見えることだ*19。ナチスが軍事力ではなく選挙によって最終的には議会の多数を掌握した、と麻生副総理は認識しているようだが、ここでいう軍事力とは選挙によらない方策といった意味だろうか。親衛隊や突撃隊をどう捉えるかが問題になるだろう。では、ワイマール憲法がナチス憲法へとだれも気づかないで替わった、というのはどういう趣旨か。実のところナチス(とドイツ国民党の連立政権)は憲法改正失敗という挫折を経験し、それをうけて、ライヒ政府に法律制定の権限を付与する授権法を(他党の助力を得て)制定したのである。授権法によると、ワイマール憲法の規定と政府の制定した法律が矛盾した場合、前者はその効力を失うものとされていた。麻生副総理がいうナチス憲法とはこの授権法のことだろう。そして、だれも気づかないというところの「だれ」というのは、文脈から察するに、世論のことを指すのだと思う。発言全体の趣旨を踏まえると、当時の世論が自身を取り巻く環境・状況*20に気づかずに、ナチスを支持した結果、ワイマール憲法下の体制から授権法下の体制へとドイツの国制は替わってしまった、と言いたかったのだと思う*21


 第四は「静か」という言葉で「静謐」と「冷静」の二つの意味を表していることである。前者は靖国神社の参拝の文脈で、後者は憲法改正の文脈で用いられている。もっとも、麻生副総理の発言の後半部分は「冷静」ではなく「静謐」だけを語ったものだと理解するならば、議論が生じない状況を理想としていわば議論そのものを封殺することを麻生副総理は考えているのだ、との読み解き方が出てくるかもしれない。しかし自民党の憲法草案に関する語りと併せて考えれば、麻生副総理は議論そのものを圧殺しようとはしていない。このように考えるのが自然なことだろう。


 第五は日本のマスコミが騒げば前述の「静か」さが損なわれてしまうと考えていることだ。言い換えると、静謐さと冷静さを損なわないためには、マスコミが騒がない必要がある、ということになる。麻生副総理は「静かさ」(すなわち静謐さと冷静さ)を毀損するマスコミに対して苦言を呈しているのである。


 それでは「あの手口学んだらどうかね」という箇所はどう把握すればよいのだろうか。「手口」とは「やりかた。特に、犯行のやりくち。犯罪を行なう時に現われる個人的な性癖。」(日国2版)を指し、普通否定的な意味で用いられる言葉だが、これのみからは手がかりを得られない。そこで前述の趣旨、とりわけ麻生副総理にとって基本的な価値判断のように見える<麻生副総理が考える憲法改正の目的と理想的な世論>を踏まえながら考えてみよう。

  • 直前にあるのは「憲法もある日気がついたら、ドイツの、さっき話しましたけれども、ワイマール憲法もいつのまにか替わってて、ナチス憲法に替わっていたんですよ。<麻生副総理・聴衆とも1秒間沈黙>だれも気づかないで替わったんだ。」この箇所は、既に述べたように、当時の世論が自身を取り巻く環境・状況に気づかずに、ナチスを支持した結果、ワイマール憲法下の体制から授権法下の体制へとドイツの国制は替わってしまった、という批判的な見解が浮かび上がってくる。
  • 次の発言は「もうちょっとわーわーわーわー騒がねえで。」である。この発言の前に出てくる「騒ぐ」主体は文脈上日本のマスコミと見て間違いあるまい。この箇所の主体も日本のマスコミだと判断すれば、「わーわー騒がないで。」とは「(日本のマスコミは)わーわー騒がずに(云々)」と読むことができるだろう。
  • さらに発言は「本当にみんないい憲法これが、と言ってそれをみんな納得してあの憲法変わっているからね。」と続いている。「いい憲法」と「あの憲法」はそれぞれ何を指しているのか。変わった「あの憲法」とはワイマール憲法のことであり、「いい憲法」とはみんなの納得の故に出来上がったものという意味だろうから、麻生副総理の言葉でいえばナチス憲法、授権法を指すとみてよいだろう。そうなると、これは先の「憲法もある日気がついたら……」の発言と同様の趣旨であるものの、世論の判断が誤っていたことを特に強調しているものだといえる。
  • このように、「あの手口」発言の直前で、当時のドイツの有権者が現実的な認識を欠いていたことを基礎として、授権法体制への移行が進められたとの見解を示し、「あの手口」発言の直後で「騒ぐ」日本のマスコミに否定的な見解を示したと想定しよう。そうなると「あの手口」というのは世論に状況の判断を見誤まらせるやりくちを指し、「学んだらどうかね」の学ぶべき主体はマスコミと見ることが考えられる。
    • なぜマスコミと「あの手口」が関連するのか?ナチスは宣伝を有効に活用たので、そのような状況下では現実的な認識を欠く有権者が続出してしまったのだった。現代において世論に広く訴えかけるメディアはマスコミであるが、そのマスコミは世論の冷静な議論を妨げる力を潜在的に有しており、その力の使い方によっては世論を誤った方向に誘導しかねない。麻生副総理はこのようなことを自明の理とし、言及しなかったのではないか。私は麻生副総理が事態をこのように捉えていると仮定している。
    • それでは「あの手口」をマスコミにはどのように学べというのか? 憲法改正には「落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論」が求められると麻生副総理は述べている。そして、前述したように、「落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正」が成し遂げられなかった一例として麻生副総理はナチスの事例を理解しているように見える。これらを総合的に考えると、<世論の冷静な議論に資する報道をマスコミには望む>との見解を麻生副総理は抱いているのだろう。私は、<諠囂が生じることで世論の冷静な議論が妨げられてしまうことを危惧し、諠囂を引き起こす報道に注意を与えたい>というのが麻生副総理の見解だと把握した*22

 以上のように、「あの手口学んだらどうかね」という発言は、世論の冷静な議論に資する報道をマスコミに望みたい、という見解だと私は理解している*23


気になった点

気になった点その1: ユダヤ人関連で麻生副総理はナチスを好意的に評価していたか

 ナチスとユダヤ人について麻生副総理はこれまでどのようなことを語っていただろうか。「サイモン・ウィーゼンタール・センター」の副代表が朝日新聞にコメントを寄せているニュースに接し*24、過去の発言について関心を抱いた*25
 麻生副総理は外務大臣だった2006年に、日本史上初めてリトアニアを現職の閣僚として訪れている*26。そこではリトアニア・カウナスにある故・杉原千畝の記念館「スギハラ・ハウス」(www.sugiharahouse.lt)を視察した。記念館を訪れた麻生大臣は「戦時の極限状態で、本省の意向に沿わずにビザを発給し続けるなんて、できることじゃない。評価されていることを誇りに思う」*27「誇りに思わないといけない」*28と記者団に対して語っている*29
 この記念館訪問の所感にはナチスに対する好意的な評価が全く現れていない。

気になった点その2: 麻生副総理による過去のナチス関連の発言をどう考えるか

 そういえば、麻生氏は5年前(2008年)にもナチスを引き合いに出して発言していた。2008年前半といえば参議院の民主党が対与党の姿勢を明確にして審議の拒否に出るなど、参議院における与野党の対立が激化していた頃である。「民主党は本当に政権を取るつもりがあるのか。国民のことを考え、対話をするような雰囲気ではない。ドイツでも1回やらせてみようと、国民がナチスを選んだことがあった」「(民主党をナチスに例えたのではなく)きちんと審議をするのが大事ではないですか、当たり前ではないですかと(言いたかった)」*30「(野党が多数の)参院で審議をしないとどうなるか。(ドイツが)昔、『(政権運営をナチスに)やらせてみたらどうか』といった結果どうなったか、という歴史があるので審議をするのが大事だという話をした」*31と、当時の麻生氏は見解を披露している。

 ここから見えてくる麻生副総理の有権者とナチス政権の関係はいかなるものか。おそらくつぎのような見解だろう。当時のドイツの与野党間で対話(審議)の雰囲気が欠けていたため、有権者はそこに行き詰まり感を見いだすようになった。その行き詰まりを問題視する有権者は、打開案としてナチスに1回やらせてみようと考えるようになり、実際にナチスに投票するようになる。こうしてついにはナチス政権が誕生してしまった。端的に言うと、有権者が抱く閉塞感が発端となってナチス政権が生まれてしまった、ということである*32

 ここでは麻生副総理が数年にわたり一貫した主張を抱いていると仮定して、2008年の発言と2013年の発言をできるだけ整合的にまとめてみようか。当時のドイツの国会では議論(対話)が成立しておらず、世論は閉塞感を抱くようになった。その事態を打開するよう世論が期待したのがナチスであって、有権者はナチスに対して票を投じたのである。このように、先進的な憲法下でも有権者は選挙を通じてナチスを選び出すことがあった。当時の取り巻く環境を適切に理解できなかった世論は、結果として、ワイマール憲法体制から授権法体制への移行を支持したのである。どうやら麻生副総理は世論が冷静に議論することを従来から重視しており、またそのような世論が欠けている状態は麻生副総理が考える憲法改正の目的にとって不適切だと考えているようだ。

気になった点その3: 過去の発言との比較をなぜメディアは行わないのか

 前述のような過去の発言と今回の発言に関し、現時点でメディアは比較し考察を加えていない。その理由は不明である。今回の発言をすべて書き起こしたものをどのメディアも公表していないのだが、そのことと何か関係があるのだろうか?

気になった点その4: マスコミ批判の文脈をなぜメディアは紹介しないのか

 主要各紙は、マスコミ批判の文脈について紙面で全く報じていない。ここでいう主要各紙とは、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞中日新聞を指す。もっとも、私が見逃している可能性もあるが、その場合は指摘して欲しい。朝日新聞は発言の詳細をウェブサイト上で公開しているものの、これはあくまでもウェブサイト上での公開にとどまっており、紙面には一切掲載していない。こういうわけで、ウェブサイト上でニュースの情報に接しない人にとって、麻生副総理がマスコミに対して苦言を呈したことは一切知り得ないのである。

 マスコミは、マスコミ批判の文脈を報じたうえで麻生副総理のマスコミに関する見解を正面から批判すべきだと私は思う。麻生副総理の見解によれば、自民党の憲法改正草案は、異論や反論が提示される冷静な議論を通じて作成されたものであったという。なるほど麻生副総理にとってそこでの議論は許容される範囲内にある、と見てよい。それならば、麻生副総理の問題提起を受けて、どの段階から冷静な議論に該当しないというのか、マスコミが報道に気をつけねばならない領域を具体的に画定するにはどうすればよいのか、といった具体的な話をマスコミは検討し報じるべきだろう。逆に、マスコミがその問題提起に真っ向から反対するなら、<議論を冷静なものか否かで区別することは漠然としており不可解だから、マスコミとしては、今後も独自の観点から自由に報道を行う>と滔々と語ってもよい。いずれにせよ、マスコミが騒ぐということに対して否定的な見解を示している文脈で問題とされる発言がなされたのだから(私はそう捉えている)、そういう文脈を紹介したうえでマスコミは世論に麻生副総理の見解の是非を問うべきである。


おわりに

 このエントリーでは、麻生副総理の発言全体の趣旨をできるだけ把握し、それをもとに「あの手口学んだらどうかね」という発言とは<世論の冷静な議論に資する報道をマスコミに望みたい>という趣旨だろう、との理解を示した。また、気になった点として、各新聞社がマスコミ批判の文脈を紙面で一切伝えていないことを指摘し、麻生副総理のマスコミ批判に正面から反論を加えてはどうかと私見を述べてみた。<発言者がどのような文脈で何を言おうとしたのかを理解し、それをもとに議論をしたい>と考える人々にこのエントリーが資するのであれば幸いである。

 なお、ナチス全般の概説としては、日本大百科全書(ニッポニカ)の「ナチス」の項目(執筆担当はドイツ現代史研究者の故・村瀬興雄)がわかりやすい。


追記: 麻生副総理の発言の趣旨に関する他の読解例

 ここでは麻生副総理の発言の趣旨について人々による読解例を紹介したい。取り上げるのは、私のこの記事を公開する以前にインターネット上で注目されていたウェブサイトである。具体的には、はてなブックマークで100以上のブックマークを得たウェブサイトで、かつ「ナチス」のタグがつけられたウェブサイトだ*33

 当該ウェブサイトについて次に掲げる表でまとめた。このうち私がこの記事を執筆するにあたり参考にしたのは、本文中の脚注でも触れているようにfinalventさんのブログのみである。他のウェブサイトについては記事の公開後に接したのだった。各見解は、麻生副総理の発言のどの部分を重視して読み解くか、一見すると矛盾・抵触するようにみえる部分をどのように考えるか、といった点で相違がある。

公表時 エントリー
2013-07-30 15:57 麻生太郎は概説書の数ページだけでも読むべきである - 大惨事!過下郎日記
2013-07-31 05:27 麻生発言の朝日の全文書き起こし(私家版) - さぼり記
2013-08-02 19:58 麻生太郎のナチス発言を国語の受験問題的に分析してみる: ナベテル業務日誌
2013-08-02 21:00 蘭月のせいじけーざい研究室。 麻生「ナチスに学べ」発言を、初心者向けに徹底分析してみる。
2013-08-03 13:00 麻生発言はナチ肯定なのか? - 紙屋研究所
2013-08-03 22:24 麻生の憲法発言を捏造したマスコミ - 狐の王国
2013-08-04 「ナチス憲法」を引き合いにした麻生太郎副総理発言について: 極東ブログ


 私のこの記事を批判的に読むためにも、他のウェブサイトの見解を参照してほしい*34


*1:身内に対して耳に痛いことを言うということ - 国家鮟鱇

*2:7月31日に社民党が(朝日新聞デジタル:麻生副総理発言、野党が批判 「発言撤回と辞職求める」 - 政治、朝日新聞2013年08月01日朝刊「「ある日気づいたらナチス憲法に。手口学んだら」 麻生氏の発言、国内外から批判」)、8月2日には共産党委員長がその見解を示した(朝日新聞デジタル:「麻生氏の議員辞職、閣僚辞職は当然」志位・共産委員長 - 政治)。朝日新聞の紙面では、共産党が党として議員の辞職を求めたことは報じられたが、閣僚の辞職も求めたかどうかは報じられていない。朝日新聞2013年08月02日朝刊「安倍政権、麻生ショック 「国際社会、敵に」収束急ぐ ナチス発言」参照。

*3:朝日新聞デジタル:安倍首相「ナチス肯定、断じてない」 麻生氏発言で強調 - 政治

*4:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言要旨 - 政治。朝日新聞2013年08月02日朝刊「『ある日気づいたらナチス憲法に。手口学んだら』 麻生氏の発言、国内外から批判 」に掲載されている。

*5:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治。紙面には掲載されていない。

*6:そうはいうものの、要旨の第一段落をより詳細に紹介したとみえるものがある朝日新聞デジタル:「護憲と叫べば平和が来るなんて大間違い」麻生副総理 - 政治を利用する。ウェブページ上の情報が正しければ2013年7月29日22時10分に配信されたこの記事は、それ以後に紙面には掲載されていない。

*7:【サヨク悲報】麻生発言はマスコミの騒ぎが“あまりに酷杉”との引き合いに出した「皮肉」だった【音声】も参考にした。

*8:朝日新聞デジタル:「護憲と叫べば平和が来るなんて大間違い」麻生副総理 - 政治

*9:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*10:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*11:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*12:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*13:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*14:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*15:朝日新聞デジタル:麻生副総理の憲法改正めぐる発言の詳細 - 政治

*16:朝日新聞はこの箇所をつぎのようにまとめている。「僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。」finalventさんは実際の発言内容と朝日新聞の「詳細」なるものとの間に差異をいくつか見つけている。「ナチス憲法」を引き合いにした麻生太郎副総理発言について: 極東ブログ参照。【サヨク悲報】麻生発言はマスコミの騒ぎが“あまりに酷杉”との引き合いに出した「皮肉」だった【音声】ではスレッドを立てたID:eWBFfKtQ0によると麻生副総理は「圧倒」と発言したと述べているが、音声を当方でも確認した結果、その見解を採用しないことにした。

*17:麻生副総理の「ナチス憲法」発言の音声 - YouTube

*18:finalventさんも同様のとらえ方をしているようだ。「ナチス憲法」を引き合いにした麻生太郎副総理発言について: 極東ブログの「3 麻生氏講演の論旨は意外に明確。現状での改憲を望んでいない」参照。

*19:朝日新聞2013年08月01日夕刊の「麻生副総理のコメント<全文> ナチス発言撤回」によると、麻生副総理はそのような趣旨で発言したのだった。

*20:危機という意味あいが含まれるだろう。

*21:なお、当該立法の手続きに着目した名古屋大の大屋教授は「『全権委任法によりワイマール憲法が廃止されたわけではない』も正しいが、『全権委任法によりワイマール憲法は改正された』も正しい。」との見解を披露している。https://twitter.com/takehiroohya/status/363854928143327233 詳しくは本日のAM 11:37:35に投稿されたつぶやき https://twitter.com/takehiroohya/status/363851175952531456 以後を参照のこと。これに関連する一連のつぶやきは大屋雄裕氏が語る「緊急事態法制」と「ナチスの全権委任法は改憲か」 - Togetterにてまとめられている。

*22:なお、私見とは逆に、麻生副総理の発言から、ナチス政権が採用した手口を現在の日本でも活用すべきという趣旨を読み取る人もいる。東京新聞:麻生氏ナチス釈明 独で批判次々 「そんな理解はしない」:国際(TOKYO Web)国際政治にも国政にも参加する資格なし/麻生氏のナチス肯定発言 志位委員長が批判の見解

*23:なおこのように考えると、講演の聴衆がたびたび笑ったのはマスコミ批判の文脈だということになる。

*24:朝日新聞デジタル:安倍政権、麻生ショック 「国際社会、敵に」収束急ぐ ナチス発言 - ニュース。朝日新聞2013年08月02日朝刊「安倍政権、麻生ショック 『国際社会、敵に』収束急ぐ ナチス発言

*25:このセンターについて知るにはAmazon.co.jp: モサド・ファイル: マイケル バー=ゾウハー, ニシム ミシャル, Michael Bar-Zohar, Nissim Mishal, 上野 元美: 本の6章を読むとよいだろう。

*26:朝日新聞2006年05月07日朝刊「『日本のシンドラー』故杉原氏記念館を麻生外相が訪問 リトアニア・カウナス」

*27:読売新聞2006年05月07日朝刊「外交官・杉原千畝『誇りに思う』 麻生外相、記念館視察/リトアニア」

*28:朝日新聞2006年05月07日朝刊「『日本のシンドラー』故杉原氏記念館を麻生外相が訪問 リトアニア・カウナス」

*29:なお、関連資料を丹念に読み杉原の経歴の背景事情を明かした研究成果としては、Amazon.co.jp: 諜報の天才 杉原千畝 (新潮選書): 白石 仁章: 本がわかりやすいと思う。

*30:朝日新聞2008年08月05日朝刊

*31:読売新聞2008年08月05日朝刊「麻生幹事長、早速失言 ナチスに例え民主批判」

*32:1932年にナチスが第一党になった原因として、「一つには不況に苦しみ、しかも議会や政府の無為無策に失望し、ナチスの思い切った社会主義的政綱に望みを嘱した中小商工業者、被用者等の指示を得たこと」Amazon.co.jp: ドイツ近代憲法史 (1963年): 山田 晟: 本(p.121)が指摘されている。麻生副総理はこの指摘と同様のことを考えていたと思う。

*33:タグ「ナチス」を検索 - はてなブックマーク

*34:以上、2013年8月5日追記分。