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blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

NPO法人「大雪りばぁねっと。」関連の事件から学ぶこと: はじめに

東日本大震災
  1. はじめに ←ココ
  2. 事件報道の概要
  3. 考察
  4. 仮説
  5. おわりに
  6. 追補

「大雪りばぁねっと。」と岡田氏

 今から2年近く前、東日本大震災が起きた2011年3月に「大雪(だいせつ)りばぁねっと。」の岡田栄悟代表理事は動き出した。山田町災害復興支援隊の広報・情報班の方の説明に耳を傾けてみよう*1。震災前の「大雪りばぁねっと。」は、北海道旭川にある大雪山(だいせつざん)から流れている川を利用してラフティング (rafting) 体験や川の清掃活動を行っていた。レスキュー活動もしていたというが、ただ北海道の自治体と提携して活動していたかはわからない。
 震災時には、被害の状況を報道を通じて知ったのだろうか、岡田氏は総務省消防庁と岩手県に問い合わせをし、どこかの被災自治体に向かいたい旨を伝えた。3/26に岩手県から提示されたのは岩手県山田町か岩手県釜石市での活動であるが、北海道から現地への移動時間が短くて済むという理由から、岡田氏は前者を訪れる。
 3/27に山田町を訪れた岡田氏は人望の厚さを高く評価されたのだろうか、翌日の3/28の山田町災害対策本部の会議に岡田氏は参加し、さらに4/9には災害ボランティアセンターの副センター長に任命される。ここで気になるのは、「震災直後、町の委嘱記録にない役職の名刺を岡田氏が使っていた」*2というニュースである。発災から1ヶ月前後の時点で、何かしらの事件が進行していた。そう考えるのが自然ではないだろうか。
 ボランティアセンターの設立支援を山田町から依頼された岡田氏は、雇用の創出をも打診されたようで、「山田町災害復興支援隊」*3を組織する。その後、緊急雇用創出事業としてハローワークを通じて組織の人員を募ったようだ。
 それから月日は流れ、「大雪りばぁねっと。」の資金枯渇が2012年12月に社会に伝わり始める。2012年12月12日の朝日新聞朝刊(岩手版)は「137人に給料払えず 山田、被災者雇用のNPO 事業費使い切る」という題名の記事で、山田町の行政が補正予算でNPO法人に資金を援助しようとしたものの、議会の反発にあって支援が頓挫したことを報じた。
 それからは、「大雪りばぁねっと。」と山田町の関係、岩手県との関係、謎のリース会社との関係など多方面にわたってメディアが報道を重ねるようになった。ただ、「大雪りばぁねっと。」に関連する事件の全容は未だ明らかにならず、真相が闇の中に葬り去られてもおかしくなくなってきたように見える。
 「大雪りばぁねっと。」関連の事件はあくまでも「大雪りばぁねっと。」単独の行動によるものだろうか。それとも「大雪りばぁねっと。」の外部に協力者が居るのか。そもそも、経歴が未だに明らかとならない岡田氏とは一体何者なのか――疑問は尽きない。

問題のありか

 「大雪りばぁねっと。」関連の事件は一つに限定されない。なるほど、給与未払いの一件によって、当該NPO法人の運営問題が社会に周知されたのだった。しかし何故それほど資金が枯渇したかといえば、あるリース会社の存在を抜きに語ることはできまい。それは後述するように、「大雪りばぁねっと。」が組織する「山田町災害復興支援隊」の副隊長が、設立し、経営し始めたリース会社なのである。問うべきことはそれだけではない。リース会社という「資金のトンネル会社」*4を活用する仕組みの設計に携わったのは副隊長だけなのか、それとも他者も関わっているのか。そして、山田町による監視の体制や内容に不備は無かったのか。このように、何かの問題を検討するうえでは他の問題にも目を配らねばならず、問題を整理することも難しい。
 そうはいうものの、今後の教訓を得ることを見据えた上で、ここではつぎの3点の問題に焦点を当ててみたい。第1点は岡田氏と山田町の関わりについてである。山田町で自治体職員と調整を続けてきた岡田氏こそ、検討するにふさわしい人物だろう。岡田氏の行動の原理や理念を把握できれば、「大雪りばぁねっと。」関連の事件を読み解きやすくなる。
 2点目はリース会社活用のスキームを誰が考案したか、である。事件の鍵を握る人物として岡田氏と共に浮上してくるのが、「大雪りばぁねっと。」が組織する「山田町災害復興支援隊」の副隊長である橋川氏だ。その橋川氏が単独でことを成し遂げたのか。それとも外部の極力者が居るのか、居るとしたらどのような人だろうか。リース会社を活用せずに「大雪りばぁねっと。」が独力でさまざまなことをしていれば、各関係機関は今以上に調査しやすかっただろう。制度をうまく利用しようとする関係者が何を考え、どう行動してきたのかを想像してみたい。
 3点目は行政の手続きに不審な点はあるか、だ。「大雪りばぁねっと。」関連の事件では、違和感を覚える行政の動きがいくつか見受けられる。これは一体何なのだろうか。行政は何を見、どのように手続きをすすめてきたのか。これらについて検討してみたい。

「大雪りばぁねっと。」関連の事件への手がかり

 ニュース報道のなかでは朝日新聞岩手版の過去の関連記事がよくまとまっている。山田町の町議会が直面したいわゆる100条調査権の限界を解説したり、当事者の肉声を伝えたりと精力的な取材活動を続けてきた。最近は「復興 山田NPOを聞く」という特集を組んでいた*5
 twitterやブログにはさまざまな情報が掲載されているが、下記の人のページが参考になるだろう。どなたも、山田町における大雪りばぁねっと。の行動に違和感を抱いた方々である。

方針

 事件報道が錯綜してきたように私は思っているので、まずは事件報道の流れをまとめてみたい。その際、「大雪りばぁねっと。」の資金枯渇、「大雪りばぁねっと。」と岩手県山田町、岩手県、北海道旭川市の関係に分けて整理する。
 そして「大雪りばぁねっと。」関連の事件全体に関わる問題を考察する。先述の通り、岡田氏と山田町はどのような関係にあったのか、リース会社活用のスキームを誰が考案したか、行政の手続きに不審な点はあるか、に注目してみよう。そして、それらの検討をもとに仮説を提示したい。
 「大雪りばぁねっと。」関連の事件は一見するとあまりにも特殊な事例なのであって、全国的に参考になりそうな側面は皆無だと思われるかもしれない。だが、果たしてそう言い切れるものなのだろうか。このような疑念を抱きながら、次節において事件報道をまとめてみる。

*1:ここでの説明は、42号 都市を養う水:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センターの清川文絵「岩手・山田町『御蔵の湯』の秘密」pp.14-15に依拠している。

*2:岩手日報: 委嘱記録ない役職を名刺に 山田のNPO問題(2013/01/18)

*3:山田町災害復興支援隊

*4:2013年2月7日朝日新聞(岩手版)「前山田町長『申し訳ない』 NPO問題、第三者委に出席」p.29

*5:2月26日、2月27日、2月28日の三日間。

*6:2013-03-11にフジテレビが放映した番組で、テレビカメラの前で橋川氏に対し「橋川、久しぶりだな」と語りかけていたのが、渡辺氏である。ちなみに、渡辺氏のこの発言は、2ちゃんねるの番組ch(フジ)板の実況スレッドのタイトルになった。実況 ◆ フジテレビ 68353 橋川、久しぶりだな - READ2CH