blechmusikの日記

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ペレルマン夫妻の壮絶な人生を娘が明かしている

ハイム・ペレルマン(Chaïm Perelman)というポーランド出身の哲学者がいた。日本では、Logique juridique : Nouvelle rhétorique の2版*1が『法律家の論理―新しいレトリック』*2、L'empire rhétorique. Rhétorique et argumentationが『説得の論理学――新しいレトリック』の題でそれぞれ出版されている*3。ちなみに、L'empire rhétoriqueの邦訳の副題は、原題にはない「新しいレトリック」というものである。これは私の誤記ではなく出版社の意図したものだ。詳しくは当該訳書のまえがきp.iを参照すること。なお、Lucie Olbrechts-Tyteca との共著である代表的著作Traite de l'argumentationは未だに邦訳は出版されていない。

法律家の論理―新しいレトリック

法律家の論理―新しいレトリック


説得の論理学―新しいレトリック

説得の論理学―新しいレトリック


新レトリック論の論者として日本で紹介されてきたペレルマンは今から20年から40年前に日本の一部で注目を浴びる*4。その後、ペレルマンへの言及というと、同時代のトゥールミンへのそれとは対照的に、他の論者がペレルマンを随所で紹介するにとどまるようになってしまった。ペレルマンに言及する最近の書籍は以下のものだろう*5

現代日本のコミュニケーション研究

現代日本のコミュニケーション研究


認識のレトリック

認識のレトリック


レトリック入門―修辞と論証 (SEKAISHISO SEMINAR)

レトリック入門―修辞と論証 (SEKAISHISO SEMINAR)


レトリック (文庫クセジュ)

レトリック (文庫クセジュ)


日本の状況とは大きく異なり、アメリカではペレルマンの議論をめぐり学術的な研究が今でもすすめられている。その様子は2011年に出版されたThe Promise of Reason: Studies in The New Rhetoricを読めばよい。これは2008年に開催されたペレルマン関連のシンポジウムの内容をまとめた本であり、ペレルマンの議論に関する近年の研究成果に触れたい人には役立つだろう。

The Promise of Reason: Studies in the New Rhetoric

The Promise of Reason: Studies in the New Rhetoric


The Promise of Reason: Studies in The New Rhetoric

The Promise of Reason: Studies in The New Rhetoric

ここでThe Promise of Reasonに収録されているエッセイの一つ "Chaïm Perelman: A Life Well Lived" を紹介したい。これはペレルマンの娘である Noémi Perelman Mattis が父 Chaïm Perelman の人生を中心に語るものであるが、その中では母 Fela Perelman の活動も大きく取り上げられている。読者は、戦時体制下で父母が行った地下工作活動の内容について息をのむことになるだろう。工作活動が万が一露見したら家族の命が危険に曝されるであろう状況下で、幼い娘を預け*6、人命を救おうと苦心し続けた夫婦の意気込みは相当なものだったに違いない。さらに母は戦後にイスラエルのモサドとともに別の地下工作活動に着手する。ペレルマンはこのような環境で自由や議論の性質について思索を深めていったのだった。ペレルマンは過去の自身の活動を詳細に語ることはなかったのだから、ペレルマンの著作を読解したい読者はこのエッセイを真っ先に読んで著作執筆の背景事情を抑えるとよいと思う。

そういえば "Chaïm Perelman: A Life Well Lived" では Lucie Olbrechts-Tyteca とペレルマン家族の関係にも触れているが、その結末はもの悲しい。

ちなみに、上記のエッセイの元となった講演を youtube.com で閲覧できる。動画を見ると、父ペレルマンに関する話を Noémi が聴衆にあたたかく語りかける、雰囲気の良い講演だったということがよく分かる。

Noémi のエッセイをもとにペレルマンの著作を繰り返して読み、眼光紙背に徹したいものだ。

*1:原著の最新版は1979年の4版である。

*2:オン・デマンド出版の御案内によると、平成24年1月3日(火)の時点で『法律家の論理―新しいレトリック』のオン・デマンド版が入手できるらしい。

*3:ペレルマンの論文の和訳として、『思想』no.499, pp.34-に掲載された「哲学・弁論術・共通論拠」がある。これは Philosophie, rhétorique, lieux communs, Bulletin de l'Académie royale de Belgique (Classe des Lettres) 1972-5を縮約したもののようだ。訳者は明記されていないが、同号に論説を掲載した三輪正と考えるのが自然なことだろう。

*4:ペレルマンについての邦語紹介としては、三輪正(1974)「ペレルマンの『新しいレトリック』の哲学」『思想』no.499, pp.25-33がある。

*5:『現代日本のコミュニケーション研究』pp.225-, 『認識のレトリック』pp.107-108, 『レトリック入門:修辞と論証』pp.148-, 『レトリック』pp.155-159

*6:The encyclopedia of the righteous among the nations:rescuers of Jews during the Holocaust のp.48によれば、Emile Bleeckx とその妻が Noémi をかくまっていた。