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blechmusikの日記

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ピーター・タスカ「日本の新政権が行うさまざまな膨張政策」

はじめに

来たるべき日本の政治に関して、タスカが期待を寄せていることがよくわかる記事である。先の安倍政権崩壊の原因の一つといってよいであろう "the opposition of Japan’s highly conservative bureaucracy" の存在にタスカが言及しているのは、今後の政策実施の難しさをタスカが十分理解していることの表れとみてよいだろう*1。そのうえで、来るべき政権の各政策への支持を強く表明しているのが興味深い。

表題と記事の内容

まず表題について言及しておく。reflate の訳語として研究社のリーダーズ英和辞典では、自動詞には「〈政府が〉通貨再膨張政策をとる」が、他動詞には「〈通貨・経済などを〉再び膨張させる」が当てられている。それでは "Japan Reflates" をどのように訳出すればよいか。記事全体の内容を確認すると、タスカは金融政策としてのいわゆるリフレーションに限った話をしておらず、金融政策、財政政策、外交政策の三分野を分析することで、来たるべき日本の新政権の運営姿勢に新たな潮流を見いだして議論を展開している。これを踏まえると、「日本が再膨張政策を行う」と語義通りに訳すよりも「日本の新政権が行うさまざまな膨張政策」と訳すか、「膨張政策によってもたらされる日本の長期政権」とでも意訳すればよさそうだ。
この"Japan Reflates"は、Financial Times 2012年12月5日号に掲載された寄稿 "Abe can turn round Japan's fortunes" の完全版というべきものである。FTへの寄稿の大要は外務省: 海外主要メディアの日本関連報道(11月29日〜12月6日)の「6日付 フィナンシャル・タイムズ紙(英) 安倍氏は日本の将来を変える正しい方向にある ピーター・タスカ 経済評論家 東京発」に掲載されている。 "Japan Reflates" の外交政策関連の議論をそぎ落とし、そして言い回しにかなり手を加えたものが "Abe can turn round Japan's fortunes" だと見てよい。

この記事の見所は、今から15年前に公開された、ミルトン・フリードマンによる WSJ への寄稿記事 "Rx for Japan: Back to the Future" (December 17, 1997)*2 に触れながら日銀の従来の政策を批判している点だろう。全文の邦訳はフリードマンのリフレ論 - himaginaryの日記にある。そういえば、かつて日本において、フリードマンの考えと日銀の政策に共通点があるという主張が展開されたのだった*3。実際はどうだったのか。中原伸之元日本銀行審議委員は、速見日銀総裁(当時)や他の日銀審議委員がゼロ金利解除を推進していたときに、ゼロ金利緩和に一貫して反対し、フリードマンに手紙を送って議論の論点を整理するよう依頼していた*4。また、日銀が量的緩和策に転換するよう主導した中原氏をフリードマンは高く評価し、そしてベースマネーを増やすよう中原氏の見解を後押ししていたのである*5。日銀審議委員として奮闘し続けた中原氏の立ち位置を考えれば上記のような見解は受け入れ難い。この際、フリードマンの主張に耳を傾けてはどうだろうか。


ところで、タスカが記事を公開してから20日以上が経過すると、金融政策をめぐりさまざまな動きが表れてきた。ここでは日銀法改正と日銀総裁人事に関する最近の情勢を見ることで、タスカの記事にいくつか補足してみたい。

安倍晋三総裁に近い自民党筋」は、安倍総裁と比較して、日銀に対して説明責任を課すことに消極的か

昨日、補正予算での公共事業、5兆円くらいが精一杯=自民党筋 | マネーニュース | 最新経済ニュース | Reutersという記事が公開された。日銀法改正について「安倍晋三総裁に近い自民党筋」は次のように説明したようだ。

日銀法改正については、自民党総裁としてのプレッシャーだったが、(安倍氏が)首相になったら本当にやるかというのは別だと指摘、日銀法改正は必要ないとの認識を示した。金融政策については「日銀はかなり譲歩している。2%のインフレ目標を共有するところまでいくと思う」と語った。

同じく昨日公開された記事で、上記のロイター通信の記事公開の3分後にNHKのウェブサイトで公開された記事安倍総裁 日銀と協定速やかに NHKニュースにはこうある。

そのうえで、安倍氏は「今までの伝統的な政策でデフレから脱却できなかったので、新たな金融政策に取り組むのは当たり前だ。あす組閣したあと、日銀と政策協定を結び、2%のインフレ目標を設定していきたい。この目標は、日銀にも説明責任を背負ってもらう」と述べ、日銀に対し、物価上昇率の目標を定めた政策協定を速やかに政府と結ぶよう求めていく考えを、改めて示しました。

日銀の説明責任に関して、この二つの記事の論調は同様のものだろうか。私はそうではないと思っている。後者の記事ではインフレーション目標の設定と、日銀の説明責任を明確にするという安倍総裁の見解が紹介されており、前者の記事ではインフレーション目標の設定が重視されている。そう、日銀の説明責任を明確にするという観点が前者の記事から欠落しているのだ。「安倍晋三総裁に近い自民党筋」は、安倍総裁と比較して、日銀に対して説明責任を課すことに消極的なのだろう。このような見方に対して、「インフレ目標を共有するところまでいく」という表現に日銀の説明責任の考えが盛り込まれているのではないか、という批判があるかもしれないが、しかし、そう想定するのは不適切なものだと思う。「日銀はかなり譲歩している」というのは、これ以上の責任を日銀は負いかねる、ということではないか。目途と目標ということばを慎重に使い分けてきた日銀なら、従来の姿勢を踏まえて、説明責任からなるべく逃れようとするのは分からなくもない。

日銀は従来の姿勢を大きく変えてはいないらしい

さて、日銀は従来の政策を大きく変えるようになったのだろうか。
少々時間を巻き戻して、今月の金融政策決定会合に着目してみたい。先週の19日と20日には金融政策決定会合が開かれたが、その内容は「自民党の安倍晋三総裁の要請を丸のみしたようにみえて、実態は「面従腹背」ではないのか」と冷ややかに事態を見ている記事がある*6。この記事では、日銀は物価目標を受け入れる代わりに、日銀に説明責任を課すようにする日銀法の改正を阻止したり、次の日銀副総裁に日銀の意が通じる人を添えたりするのではないか、と憶測している。「日銀は総裁の座を明け渡しても、来年3月に任期が来る副総裁2人のうち1人は日銀出身者を確保し、実質的に政策運営をコントロールしたい思惑も透けてみえる」という分析からは、従来の政策とのつながりを維持しようとする日銀の姿が連想される。
他にも「安倍発言に端を発した株高・円安という流れに水をさしかねない」と厳しく批判する人もいる*7。それは金融政策決定会合の結論の中身に着目するものだ。今回の会合を受けて迅速に資金供給を行うとは日銀は言っておらず、結局のところ、「これらの政策は従来の日本銀行の政策路線を踏襲したものであり、大きな変化をもたらすことはない」と日銀の考え方を読み解いている。そこから導き出されるのは、「「2%のインフレターゲット」実現までの道のりは未だ遠いこと」だという。この分析は適切なものだと思っている。
これらを総合的に考えると、どうやら日銀は従来の姿勢を大きく変えてはいないらしいといってよいだろう。

日銀総裁人事の行方

そして日銀総裁人事について一言しておきたい。上述の記事には、日銀が日銀副総裁として日銀出身者を送り込むのではないかといった見方があった。ここで気になった記事がある。それは安倍新政権の陣容やいかに!? 市場関係者の関心事・日銀総裁人事と、私自身の関心事である閣僚・党執行部人事を予測する!  | 歳川隆雄「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]だ。「財務(旧大蔵)官僚と日銀官僚が妥協できる人事」として安倍総裁は「副総裁経験があり有力なエコノミストである岩田氏を総裁、消費増税法案成立の最大の功労者である勝栄二郎前財務事務次官(75年)を副総裁に指名する」のではないかと歳川は分析している。これは面白い視点だと思う。歳川はつぎのように述べている。

その反響が凄かった。翌日18日は、午前中から件のFT紙を筆頭に米国の通信社、新聞社の東京特派員からの電話の応対で忙殺された。それでだけではない。香港を拠点とする欧州系投資顧問会社のチーフストラテジストの知人が急きょ来日、どうしても会って話をしたいと連絡してきたのだ。

 安倍自民党の衆院選大勝後、株高・円安が加速される中、年末から年明けにかけて日本の株式市場・為替市場の動向を見極める上で、市場関係者にとっては閣僚・党役員人事より日銀総裁・副総裁人事情報が喫緊の関心であることを、改めて知らされたのである。

安倍総裁が従来の日銀の影響をどれほど削ぐことができるのか、ということに市場関係者は注目しているのだと思う。その点で気になるのは岩田元副総裁の日銀総裁への就任の可能性だ。この岩田元副総裁については過去の言動に注目が集まったことがある。それは失業率をめぐる認識と日銀の独立性の意味についてであった。下記のリンク先のページを参照のこと。岩田元副総裁の見解が現在どのようなものかは気になる。


もしも岩田元副総裁が日銀総裁に登用される際には、上記の過去の言動が問い糾されることになるかもしれない。

日銀法の改正の意義をメディアはあまり伝えていないかもしれない

最後に、日銀法の改正ということをメディアがどれほど取り扱ってきたのかを検討したい。ここでは朝日新聞の東京版に限定して情報を集めてみた。私が見落としていなければ、ここ2ヶ月の間、朝日新聞で「日銀法」と「改正」を含む記事は以下の通りである*8

日付 記事の題名 掲載面
2012年11月03日 (デフレ日本 次の一手は?:2)物価上昇、達成期限を 竹中平蔵・慶応大教授 朝刊1面経済
2012年11月07日 「中道の政治家、信念・哲学ない」 自民・安倍総裁、民主を批判 夕刊2面総合
2012年11月11日 〈波聞風問〉リフレ論 危うい「雨乞いの踊り」 原真人 朝刊1面経済
2012年11月17日 自民・安倍総裁の会見<要旨> 衆院解散 朝刊4面総合
2012年11月17日 「安倍緩和」市場前のめり 株価9000円台を回復 衆院解散 朝刊1面経済
2012年11月17日 国民所得「50兆円増」 自民公約案、15年までに 衆院選 朝刊4面総合
2012年11月20日 閣僚、自民・安倍氏を批判 日銀発言めぐり 夕刊2面総合
2012年11月20日 (乱流 総選挙)市場、連日の安倍相場 大胆緩和発言で株高・円安 朝刊1面総合
2012年11月21日 自民党の選挙公約案<要旨> 総選挙 朝刊4面総合
2012年11月21日 (追跡 乱流総選挙)白川・日銀総裁、ゼロ回答 安倍構想「やってはいけない最上位」 朝刊2面総合
2012年11月21日 自民、選挙公約きょう発表 3%の経済成長を達成・原発再稼働3年で結論など 朝刊1面総合
2012年11月21日 「通貨発行、歯止めきかず」 日銀の国債引き受けに反対 白川総裁一問一答 朝刊5面総合
2012年11月22日 自民公約、ばらまき回帰? 党内にも戸惑い、かすむ財政再建 総選挙 朝刊5面総合
2012年11月22日 成長重視、保守を前面 自民公約発表、TPP交渉に条件 総選挙 朝刊1面総合
2012年11月23日 公明、「国防軍」構想を批判 自民の衆院選公約に否定的見解 朝刊4面総合
2012年11月28日 自民党の政権公約案 衆院選の公約<要旨> 朝刊5面総合
2012年11月29日 (争点を問う:5 景気)電機ショック、凍える地域 総選挙 朝刊3面総合
2012年11月29日 (ニュースがわからん!)「日銀法」ってなんじゃ? 朝刊2面総合
2012年11月29日 (政策点検 経済 総選挙:1)景気策、効果続かず 朝刊1面経済
2012年11月30日 日本維新の会、衆院選の公約<要旨> 朝刊5面総合
2012年12月04日 衆院選、12党の公約 民主・公明・みんな・未来・大地 朝刊特設B面
2012年12月04日 仏中銀総裁、「独立性」強調 金融緩和めぐり、日銀援護? 朝刊1面経済
2012年12月05日 経済再生の道どこに 具体策見えぬ各党の訴え 総選挙 朝刊5面総合
2012年12月09日 (公約を問う:6)デフレ、悪循環に 総選挙 朝刊1面総合
2012年12月13日 <解説>市場活発化へ大胆手法 米FRB、失業率目標設定 夕刊2面総合
2012年12月14日 米、失業率と金融政策連動 FRB、ゼロ金利解除へ新目安 雇用の実態と結ぶ狙い 朝刊2面経済
2012年12月15日 衆院選12党の選挙公約<要旨> 朝刊特設F面
2012年12月16日 膨張路線の是非焦点 衆院選、景気対策の選択 朝刊1面経済
2012年12月16日 (公約を問う)憲法・復興と景気 改憲派台頭、危ぶむ護憲派 総選挙 朝刊3面総合
2012年12月17日 政策「安倍色」に転換 原発・外交・社会保障・金融 衆院選、自民大勝 朝刊4面総合
2012年12月18日 (経済気象台)政治と日銀の独立性 朝刊2面商況
2012年12月19日 (耕論)政治を話そう 「3分の2」あるけれど 高安さん、駒崎さん、竹中さん 朝刊オピニオン1面
2012年12月19日 (安倍政権再び:中)成長戦略、緩和頼み 日銀に2%目標圧力 朝刊2面総合
2012年12月19日 日銀、揺らぐ独立性 物価目標、安倍新政権と協定へ 朝刊3面総合
2012年12月19日 憲法改正と原発自公で食い違い 棚上げし連立合意へ 朝刊4面総合
2012年12月20日 (社説)政府と日銀 金融緩和は魔法の杖か 朝刊オピニオン2面
2012年12月24日 原子力規制委人事、見直さず 自民・安倍総裁 朝刊3面総合

該当記事の頻度をグラフであらわすとこうなる。「日銀法」と「改正」という用語が同一記事で取り扱われるのは二日に一回程度のことだ。

記事の内容はどうか。日銀法の改正の意図が詳説されることはほとんどなく、また、大方の記事は日銀法の改正に否定的な論調で構成されている。中には非常に厳しい論調でリフレーション政策を糾弾するものもあり、とりわけ原真人朝日新聞編集委員の「(波聞風問)リフレ論 危うい「雨乞いの踊り」(2012年11月11日朝刊1面経済)は秀逸な内容といえよう*9
これらの状況を見ると、「日銀法」と「改正」ということばに接しても、その意図や意義がよく分からない場合が多い気がする。

タスカの記事への補足

上記のことをまとめてみよう。

  • 日銀に対して説明責任を課すことに消極的な側近(?)がいて、メディアで自身の見解を(匿名の立場で)披露している
  • 金融政策決定会合の内容からは、日銀が従来の姿勢を大きく変えてはいないことが読み取れる
  • 日銀総裁・副総裁人事について日銀出身者からの登用が注目される。ただ、岩田元副総裁の過去の言動には気になる点がいくつかある
  • 日銀法の改正の意義をメディアはあまり伝えていないかもしれない

今後の政権は、金融政策を実施するにあたってさまざまな問題を解決しなければなるまい。

*1:NEWSポストセブン|安倍氏 前回退陣理由は健康問題でなく孤立と政権行き詰まり安倍政権の倒閣を企てた官僚たちの二重クーデター - ビジネススタイル - nikkei BPnet参照。

*2:Reviving Japan | Hoover Institutionで閲覧できる。

*3:それは『週刊エコノミスト』2006.12.19号pp.93-95に掲載された、熊野英生(当時は第一生命経済研究所主席エコノミスト)の「フリードマン理論で考える 年内追加利上げに意欲みせる日銀の論理」である。これに関する話としては、We are all Friedmanians now.: Irregular Economistのコメント「銅鑼衣紋 | 2006年12月11日 (月) 22時19分」が面白い。これに応答するのは相容れない師弟: Irregular Economistのエントリーとそのコメントである。

*4:『日銀はだれのものか』p.116. ちなみに中原氏は、マッカラム教授にマネタリーベースの必要な伸び率の計算を依頼していた。同ページ参照。なお、中原氏は「日銀の独立性」という小見出しの部分でもフリードマンの見解を紹介している。フリードマンが賛成した見解というのは、金融政策の実績によってこそ独立性が尊重されるということだと中原氏は説明している。pp.130-131参照。[asin:4120037282:detail]

*5:「支店長達の当惑」p.178, 「次のステップ」p.184

*6:日銀、安倍氏に「面従腹背」か 狙いは副総裁人事と法改正回避 - 政治・社会 - ZAKZAK

*7:安倍政権の今後と日本経済 - 片岡剛士(SYNODOS JOURNAL) - BLOGOS(ブロゴス)

*8:ちなみに、直近6ヶ月まで検索範囲を広げても該当記事は5件分しか増えない。

*9:原編集委員は朝日新聞デジタル:高成長の幻を追うな〈政権再交代〉 - 政治の筆者でもある。