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blechmusikの日記

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いわゆる反軍演説で斎藤隆夫が述べたこと

雑記

東京新聞は2012年12月16日に掲載した社説「衆院選投票日に考える 歴史に学ぶ「明日」を」*1で、斎藤隆夫のいわゆる反軍演説に言及している。東京新聞政党政治を見捨ててはならぬと説き、次のように説明している。

四〇年、斎藤隆夫氏(民政党)の反軍演説を境に各政党が軍部の前に膝を折り、解党して大政翼賛会という全体主義に突っ走った苦い経験を再現してはなりません。

なるほど、1940年に斎藤は軍備増強に反対する演説を行ったらしいが、各政党はというとこの演説を真剣に受け止めずに解党して大政翼賛会の流れにのり(そして軍部に阿ることになり)、その結果として全体主義が日本を覆ってしまった。このような悲劇を繰り返してはならない。この記事を読んだ人の多くはこう理解すると思う。
実は、斎藤が演説の中で主として批判したのは軍備増強に関してではなく、当時の政府がリアリズムの視点を欠いていることについてだった。斎藤は演説でつぎのように述べている。以下、「支那事変処理を中心とした質問演説」から斎藤のことばを引こう。

即ち人間の欲望には限りがない。 民族の欲望にも限りがない。 国家の欲望にも限りがない。 屈したるものは伸びんとする、伸びたものは更に伸びんとする。 茲に国家競争が激化するのであります。
尚お之を疑う者があるならば、更に遡って過去数千年の歴史を見ましょううか。 世界の歴史は全く戦争の歴史である、現在世界の歴史から……

(発言する者多し)
(議長 「静粛に」)

戦争を取り除いたならば、残る何物があるか。

(「君のような自由主義者が多いからだ」と呼ぶ者あり)

そうしてーたび戦争が起こりましたならば、最早問題は正邪曲直の争いではない。 是非善悪の争いではない。 徹頭徹尾力の争いであります。 強弱の争いである。 強者が弱者を征服する、これが戦争である。 正義が不正義を膺懲する、これが戦争という意味ではない。 先程申しました第一次欧羅巴戦争に当りましても、随分正義争いが起こったのであります。 独逸を中心とする所の同盟側、英吉利を中心とする所の連合側、何れも正義は我に在りと叫んだのでありますが、戦争の結果はどうなったか。 正義が勝って不正義が敗けたのでありますか。 そうではないのでありましょう。 正義や不正義は何処かへ飛んで行って、詰り同盟側の力が尽き果てたからして投げ出したに過ぎないのであります。 今回の戦争に当りましても相変らず正義論を闘わして居りますが、此の正義論の価値は知るべきのみであります。 詰り力の伴わざる所の正義は弾なき大砲と同じことである。

(拍手)

羊の正義論は狼の前には三文の値打もない。 欧羅巴の現状は幾多の実例を吾々の前に示して居るのであります。
斯くの如き事態でありますから、国家競争は道理の競争ではない、正邪曲直の競争でもない、徹頭徹尾力の競争である。

(拍手)

世にそうでないと言う者があるならばそれは偽りであります。 偽善であります。 吾々は偽善を排斥する。 飽くまでも偽善を排斥して、以て国家競争の真髄を掴まねばならぬ。 国家競争の真髄は何であるか。 曰く生存競争である、優勝劣敗である、適者生存である。 適者即ち強者の生存であります。 強者が興って弱者が亡びる。 過去数千年の歴史はそれである。 未来永遠の歴史も亦それでなくてはならないのであります。

(拍手)

此の歴史上の事実を基礎として、吾々が国家競争に向うに当りましては、徹頭徹尾自国本位であらねばならぬ、自国の力を養成し、自国の力を強化する、是より外に国家の向うべき途はないのであります。

斎藤は政府を辛辣に批判し続ける。議場から多くのヤジが飛ぶ中、斎藤は持論をつぎのように展開したのだった。

彼の欧米の基督教国、之を見ようではありませぬか。 彼等は……

(「もう宜い」「要点要点」と呼び、其の他発言する者多し)
(議長「静粛に願います」)

彼等は内にあっては十字架の前に頭を下げて居りますけれども、一たび国際問題に直面致しますと、基督の慈善博愛は蹴散らかされてしまって、弱肉強食の修羅道に向って猛進をする。 是が即ち人類の歴史であり、奪うことの出来ない現実であるのであります。
此の現実を無視して、唯徒に聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し、曰く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、斯くの如き雲を掴むような文字を列べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことかありましたならば

(小田栄君「要点を言え、要点を」と呼び、其の他発言する者多し)
(議長「静粛に願います、小田君に注意致します」)

現在の政治家は死しても其の罪を滅ぼすことは出来ない。 私は此の考えを以て近衛声明を静に検討して居るのであります。 即ち之を過去数千年の歴史に照し、又之を国家競争の現実に照して……

(発言する者多し)
(議長「静粛に願います」)

彼の近衛声明なるものが、果して事変を処理するに付て最善を尽したるものであるかないか、振古未曽有の犠牲を払いたる此の事変を処理するに適当なるものであるかないか、東亜に於ける日本帝国の大基礎を確立し、日支両国の間の禍根を一掃し、以て将来の安全を保持するに付て適当なるものであるかないか、之を疑う者は決して私一人ではない。

(拍手)

苟も国家の将来を憂うる者は、必ずや私と感を同じくして居るであろうと思う。 それ故に近衛声明を以て確乎不動の方針なりと声明し、之を以て事変処理に向わんとする現在の政府は、私が以上述べたる論旨に対し逐一説明を加えて、以て国民の疑惑を一掃する責任があるのであります。

面前にある問題を処理するにあたり、精神論だけではなく具体的方策を提示せよ。他の国会議員から批判される中、当時の支那事変処理に関連づけて斎藤が議会で訴えたのはこういうことだった。