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blechmusikの日記

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「天皇は元首、わが国は君主国である」

はてなブックマークで以下のページが注目されている。現時点で1000人以上がこのページをブックマークに登録しているのだ*1。これは自民党の日本国憲法草案*2に関する情報をまとめているページのようである。

このページにおいて草案一条の「元首」の部分が赤く色づけられ、かつ前後の単語よりも拡大されている。ページ作者は読者に何に対して注意を払わせたいのだろう。いわゆる明治憲法で用いられた元首という文言を明記している事実だろうか。正確なことは不明である。
ここで一つの文献をふと思い出した。それは今回のエントリーのタイトルとして採用した、『現代のエスプリ 天皇制』vol.34, pp.78-96(1970)に収録されている高柳の「天皇は元首、わが国は君主国である」*3だ。この文章の初出は雑誌『自由』の「象徴の元首・天皇」vol.4, no.5, pp.2-19 (1962)であり*4、のちに有紀書房から出版された『天皇・憲法第九条』(1963)*5に収録されている。「象徴の元首・天皇」を「天皇は元首、わが国は君主国である」へと改題したのは高柳ではなく、上述の『現代のエスプリ』の編者らしい。転載された高柳の小論の次ページの勝部真長執筆「国民主権と天皇制」でそのように説明されている(p.97)。論述の内容を踏まえると編者がこう改題するのも分からなくはない。
高柳は「日本国憲法の下でも天皇は象徴でありかつ元首であるというのが、原案起草者の意図であった」(p.89)と分析しているが、現行憲法制定の裏側でGHQ当局と接触していた高柳だからこそ、アメリカ側の意図をより深く看取できたと思う。そう考えるにいたった経緯として、マッカーサーから高柳に送られた書簡の内容や、GHQの民政局*6の法律家に現行憲法7条*7の「認証」を高柳が説明した際のやりとり等を紹介している。
そして高柳は「元首」と「象徴」概念を深く理解し、両者を統合した概念として理解せよと説く。ドイツ語の翻訳であった明治憲法下の「元首」は「象徴」と分離していた。元首は政治的権能を有していたのである。それに対し、民政局の法律家が想定していたのは、シンボル(象徴)とヘッド(元首)を統合した概念だったという。「三 象徴と元首の分離と統合」でそう説明する高柳は、国民の統合の象徴が国、時代を問わず求められてきたのではないかと読者に問い続けながら、「憲法第一条の意味は、民主的政治における象徴的元首の価値という確度から評価されねばならないと思う」(p.95)と持論を締めくくる。「英文をドイツ文法で解釈する」(p.90)ことを諫める高柳の考えが今日どれほど注目されているかは定かではないが、Head of the Commonwealthについて「シンボルはヘッドと両立し、統合のシンボルはヘッドの属性であると考えられている」(p.93)という高柳の端的な説明には耳を傾ける価値があるだろう。
高柳がこの論説を公開したのは50年前という昔であるから、高柳の私見がこんにちの議論にどこまで資するのかは明らかではない。高柳が本文中の随所で嘆息をもらしている学術界の動向が大きく変われば、高柳の問題提起が真剣に受け止められるだろう。ただ、それが何時になるのか、そもそも到来することがあり得るかは断定しかねる。
そうはいうものの高柳の問題提起を受け止めて、外国流(欧米流といっても過言ではあるまい)の「元首」と「象徴」概念をまず正確に理解し、日本流の概念を構築することが考えられるかもしれない。後者の「元首」と「象徴」が何を指すのかは論者によって異なるだろう。そうではあるが、いやそうだからこそ、「元首」と「象徴」に関する議論が深化し、それによって国家とは何かが様々な角度から鋭く問われることになると考えられる。
なお、前述『天皇・憲法第九条』所収の「第二章 英米人のみた天皇制」では、高柳の上記の見解がさらに(少々?)わかりやすくまとめられている。関心を抱いた方は参照してほしい。

天皇・憲法第九条 (1963年)

天皇・憲法第九条 (1963年)