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blechmusikの日記

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『和文英訳の修業』は発売当初から「重厚な書」と評価されており、学生が読了しうるのか疑問視されていた

佐々木高政

『和文英訳の修業』が発刊された同年の『英語青年』1952年4月1日号(vol. 98, no. 4)p.185に掲載された書評(執筆者は不明)を読んでみよう。転載するにあたり、いくつかの箇所を現代風の表記に改めた。また、原文では段落が一つしかないので、読みやすくするために段落を適宜分割した。

◇「和文英訳の修業」 佐々木高政著。一般英学生と同じ条件で英語を勉強した人で、著者佐々木氏ほど英語の「かん」を身につけた人は少い。本書は、そういう人が、若い学生のために日頃しゅう集した資料を、この一巻に注ぎこんだという感が深い。なにしろ豊富である。
最初の予備篇「諳誦用基本文例集」に500題の文例がある。それらがみな間に合わせに作ったものではなくて、長い間にできたものであることが一読してわかる。
次が基礎篇で、1.「主語について」2.「動詞について」3.「修飾語句について」4.「翻訳について」となっている。従来の類書がとかく文法系列を常識的に追って行ったのは、率直に言ってそれらの著者に豊富な和文英訳の経験がないか、それとも生来、構成能力に乏しいか、どちらかであった。その点、ここの所は、文法を作文の見地から構成して成功した珍しい例となっている。
最後が応用篇になっていて、従来の演習形式をふんで、課題・添削例・考え方・試訳の順で入学試験問題71を扱っている。その特色は、考え方にあって、ここであれこれと力に応じて、表現の選択を自由に指摘しているのは、著者の強味でもあり、学生にとっては何より有難い所であろう。
ふつう和文英訳の参考書と言うと、この最後の応用篇だけか、或はそれに一寸 Introductory をつけるか、或は課題を前記の如き常識的な文法系列に配置するかであることを思うにつけても、たしかに本書は豊富である。
ただ、あまりにも豊富で、小活字二段組を随所に採用したため、この一巻を消化し切る気力が近頃の学生にあるかしらという心配がわく。それとも、お手軽な「まとめ」式の参考書の氾濫する中で、こういう重厚な書の出ることは、昔ながらの手堅い気風が復活して、あらゆる「きわもの」が姿を消していく兆候なのかしら。そうだったら文句はない。(東京都練馬区豊玉北四丁目7文建書房発行、360頁、240円)--B.S.

ここでいう「従来の演習形式」に関しては、佐々木が前年まで同誌で担当していた和文英訳の演習の実例を見ればよい。
この書評は、本書の内容のいわば密度を高く評価している一方で、その密度のせいで学生の学習に頓挫を来すのではないかと危惧している。いや、「そうだったら文句はない」という最後のくだりのニュアンスを酌むと、書評の執筆者は佐々木の執筆姿勢に対して批判的だと見てよいだろう。(1952年当時の)近頃の学生が学習意欲を減退させてしまうおそれを考えて、佐々木は内容をより簡単なものにし、分量もある程度抑えるべきだった。学生に阿ることが重要である。執筆者が考えたのは率直に言うとこういうことだろう。
この書評のような見解に対する佐々木の答えは、後に発刊される書籍『英文解釈考』で示されたとみて良いだろう。学習意欲のある人に対して一定の水準の教材を提供する。佐々木はこう考え続けて書評の執筆者の批判に同調することはなかった。
発売当初からお堅い書籍だとみられてきた『和文英訳の修業』は、今後も「重厚な書」として見られ続けるのだろうか。