blechmusikの日記

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佐々木高政の『和文英訳の修業』はどのように剽窃されたのだろうか

はじめに

先日、知人から、学習英文法の観点から英語の読み書きを勉強し直すにはどういう教材を使ったらよいだろうかと聞かれた。語学習得の専門家でも何でもない一般人の私になぜ尋ねるのだろうか。そのような疑問を相手方に聞いてみたら、つぎのような返答を得た。数世紀前のイギリスのとある文書が19世紀末から20世紀半ばにかけて現代向けに翻訳されており、その翻訳後の文章を和訳しようとしたが、思うように和訳できない。どうやらそれは文学的な薫りを備えている技術的な文章らしい。こういう経緯で英語の読解力に限界を感じたので英語を改めて勉強しようと考えている。ただ、英語学や言語学の分野の書に一切触れてこなかったので、いわゆる学習英文法に沿った教材をできるだけ利用したい。そして、できれば英語の読み書きの技法を2年程度で一定の水準まで上げたい。実は私以外の知人には既に質問していたが、その人達からは曖昧な回答しか寄せられなかった。こういうわけで私の意見を聞いてみたい。知人の発言をまとめるとこのようなものだった。
知人の問い合わせに対して私はつぎのように答えた。佐々木高政*1の入手しやすい単著3冊、すなわち『新訂 英文構成法』『4訂新版 和文英訳の修業』『新訂 英文解釈考』と、佐々木の同僚であり『英語青年』1949年7月号から佐々木と共に和文英訳の添削を紙上で行いはじめた山田和男の(すべてとは言わないが)連載数年分*2を注意深く読んで学べばよい。

英文構成法

英文構成法


和文英訳の修業

和文英訳の修業


新訂・英文解釈考

新訂・英文解釈考

それぞれの学者に関心を持ったときにはつぎの文献を読むとよいだろう。佐々木の為人に関しては息子の語りを、山田の方は『英語青年』の特集記事を参照のこと。また、佐々木執筆の「あの頃のこと : 山田和男教授点描」を読めば、戦争前後の佐々木と山田の関係や生活の様子のみならず、山田が日本の英語教育にどれほど尽力してきたかを知ることができる。

また、2ちゃんねるには佐々木高政の専用スレッドがあり、参考になる点がいくつもある。たとえば、佐々木による『和文英訳の修業』改訂の詳細を知るには固定ハンドル「大 名 古 屋 ビ ル ヂ ン グ」*3のレスに一通り目を通すことになるだろう。

スレッドがたてられた日にち スレッド名
2005-03-18 【英文解釈考】佐々木高政総合スレ【和文英訳修行】
2005-04-24 【英語の】佐々木高政【神様】
2006-05-27 佐々木高政 その2
2007-06-09 佐々木高政 その3
2007-12-18 佐々木高政 その4
2009-09-25 佐々木高政 その5
2008-02-26 大名古屋ビルヂング『よって修業汁』スレ
2008-10-27 和文英訳の修業 佐々木高政

知人に対して大略このようなことを述べたのだが、敢えて述べなかったことが一つある。それは佐々木高政の『和文英訳の修業』はどのように剽窃されたのだろうかということだ。これに関して以下で簡単な考察を行おう。

問題の記述

『和文英訳の修業』の最新版である4訂には、「四訂について」と題する昭和55年11月の文章が掲載されている(pp. viii-ix)。そこには、暗唱用の文例をよりよいものにしようと試行錯誤したこと、巻末の索引を作り直し、それに伴って本文にも加除訂正を施したということが記載されている。そのうち暗唱用の文例の入れ替えの意図を解説する部分で、佐々木はこう述べている(p. viii)。

一旦(いったん)覚えたらちょっとやそっとのことでは忘れないような「したたかなもの」をできるだけ揃(そろ)えてみたかったのである。この本をまじめに勉強してくれる人たちに、いつかどこかでいくらかでも役だってほしいという一念からである。(知らん顔してゴッソリこの例文を失敬し、本などに取り入れて生活水準の向上に役立てるなどというのは、わたしの趣旨に全く外れた行為、ひとごとながら恥ずかしさに身がちぢむ。)

佐々木は名指しこそしていないが、自著を剽窃した者に対して呆れているのだ。私が知る限り、佐々木がこのような心境を吐露したのはこの書籍の当該箇所だけである。
つづけて、なぜ佐々木はこのようなことを書いたのか、ではなくて、佐々木は実際には何を書いたのか、を考えてみよう。

分析

まず剽窃の時期を想定しよう。昭和43年の「三訂について」ではこのような記述がないことからすると、昭和43年(1968年)から「四訂について」を執筆した昭和55年(1980年)の間に剽窃が行われたのだろう。
つぎに剽窃の内容を見ていく。出版社と執筆者のどちらも、佐々木が集めた暗唱用文例の剽窃を佐々木に一切知らせていなかった。そして、その剽窃は「ゴッソリ」と、つまり多量に行われたようである。
一番気になるのは「本などに取り入れて生活水準の向上に役立てる」という部分である。これを文言通り受け取るならば、本のみならず他の媒体にも暗唱用文例を盛り込むことで、生活水準の向上に役立てる、すなわち暮らしぶりをよくするのに資する、より具体的に表現するならば金儲けに利用した、ということだろう。ここで考えてみてほしい。「本など」の「など」は何を指し示すのか。私は二つの可能性を考えた。一つ目は本のように印刷物の一つであるが形態からすると本とはいえないもので、たとえばパンフレットである。これは「本など」の「本」との類似性に着目する見解である。二つ目は印刷物ではなくて文例を読み上げた音声が録音されている媒体で、その時代の状況を考えるとカセットテープである。こちらは金儲けの手段という目を向けたものだ。この二つの解釈のどちらか一方が正しいのか、それとも両方とも正しいか、両方とも正しくないのだろうか。これに関しては文面からは明らかにならない。そうはいうものの、「など」の辞書上の意味*4を考慮すると、前者の見解の方が有力だと思う。
これらをまとめるとこうなる。

  • 1968年から1980年の間に剽窃が行われたようだ
  • 剽窃は佐々木の了解を得ておらず、それは多量に行われた
  • 剽窃をした者は「本など」(パンフレットやカセットテープだろうが、前者の方がよりあり得そうか)を使って金儲けをした


このように考えてみたものの、「本など」という佐々木の言わんとするものを把握しない限り、具体的な剽窃行為を特定しえない。

なお、以下のような議論がインターネット上でなされているが、これに類するような学術上の分析に私は接したことがない、ということを付言しておく。

おわりに

このエントリーでは、佐々木高政の『和文英訳の修業』の剽窃被害疑惑について、佐々木の言に着目して分析してみた。ただ、分析とはいうものの仮説の提示にとどまったのであった。佐々木が当時何を見聞きしていたのかを正確に理解できないと、佐々木が呆れた剽窃の行為者とその具体的内容を発見することは不可能だろう。

*1:厳密には「はしごだか」を用いて佐々木郄政と表記する

*2:なお、山田の死後に刊行された『和文英訳研究』は、『英語青年』に当初掲載された山田の添削例と解説を短くしたものであって、連載された原稿をそのまま書籍にしたものではない。そのせいで、勉学に対する山田の厳しい姿勢がその解説からは読み取りにくくなっている。 [asin:4327450618:detail] 山田の「和文英訳練習」の連載は『英語青年』129(9),46-47,1983で終わるが、その最終回とその前の回二つ、すなわち 129(3),45-46,1983と129(5),42-43,1983をためしに読めば、山田の姿勢をすぐさま理解できるだろう。

*3:佐々木高政 その2大名古屋ビルヂング『よって修業汁』スレによると生物科学分野の現役の研究者。なお、大名古屋ビルヂング - Wikipedia参照。

*4:等・抔 とは - コトバンクの一つ目の意味。