blechmusikの日記

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福沢諭吉の真の考えを探究する書 平山洋『アジア独立論者 福沢諭吉――脱亜論・朝鮮滅亡論・尊皇論をめぐって』

*2012-07-07追記:文脈の展開があまりにも不自然な箇所に手を加えた。

*2012-09-20追記:以下のエントリーを公開した。



この本に掲載されているのは、 http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/ で公開されている論説に、最新の考察結果を反映させたり読みやすさを向上させるため加筆を施した論説である。たとえば、本書の4章の脚注2は「福沢諭吉は朝鮮甲申政変の黒幕か?」の脚注の考察を一歩進めて、偽書の作者名を挙げるようになっている。また、数段落毎に小見出しが付されるようになったので、かなり読みやすくなったといえる。
この本の特徴は、平山がこれまで主張してきた福沢研究の視点や手法に関する議論が存分に展開されていることだろう。今では、平山の問題提起は日本語のみならず英語でも紹介されるようになっている。その例として二点を挙げよう。

福沢研究に関する平山の思考過程を理解したい日本国内外の人にとって、この書はとても役立つといえる。必読の書と言ってもいいだろう。
ただ残念なことが一つある。それは説明のための図が乏しいことだ。なるほど、「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」の社説のコピー(「第IV部 独立自尊と文明政治」の冒頭)のように興味深い資料はいくつか掲載されている。しかし、「『時事新報』論説のカテゴリー分け」(「第5章 『時事論説』とは何か」p.116)のような記述において、適切な図が挿入されていればより理解しやすくなると思われる箇所に、そのような図が掲載されていないのである。たとえば、次のような図を作成することが考えられるだろう。

執筆者\立案者 福沢 福沢以外
福沢 I 福沢真筆 III 記者立案 福沢添削
福沢以外 II 福沢立案 記者起稿 IV 記者執筆

「おわりに」(pp. 381-382)については、つぎのようなグラフを掲載していればよかっただろう(クリックすると図を拡大する)。

このように、読者に対して問題の全体像を把握しやすい図を挿入してほしかったと思う。もっとも、そう思う私はもしかすると少数派に属するのかもしれない。
この書は福沢諭吉の仕事を「主にナショナリズムとの関連から読み解こうとする」(「はじめに」p. i)ものだが、いずれ重要な課題となるであろう、『全集』未収録の論説約4500編から福沢関与の論説を抽出する過程において、本書の分析がどれくらい活用できるのか興味を抱いた。ここでいう「どれくらい活用できるのか」というのは、分析の有効さの程度を指している。どういうことかというと、本書の手法を用いることによって上記の「『時事新報』論説のカテゴリー分け」の各カテゴリーに、『全集』未収録の論説がどれくらいの割合で分類されるのか、そしてそれらが正しく分類されたとどれくらい確からしいと言えるのだろうか(false positive と false negativeの問題)、ということである。
それだけではない。将来的には、ナショナリズムに加えてそれ以外の切り口、例えば経済学や経済思想*1の観点からヒントを得て、論説への福沢の関与の判定をこれまで以上に多角的に分析する手法を案出しうるかについても興味がある。井田の研究手法が及ばぬ領域、つまり文体の判定からは執筆者を断定しえない場合において、多角的な福沢分析の本領が存分に発揮されることだろう。
これは、(平山による)福沢研究の一時代の終わりを宣言すると同時に、福沢研究の新たな時代の始まりを予感させる書籍だといえる。福沢以外の者が福沢の文章だと唱えたものを真に受けるのではなく、当時の福沢周辺の状況を把握した上で福沢が本当に書いたのか否かを問おう、その考察から見えてくる真の福沢の姿を描き出そう、という平山の問題意識がこの書籍ではよく展開されている。今後は、平山の問題意識が所与のものとして受け入れられたうえで、福沢研究がさらにすすめられていくことを期待したい。


なお、上記のGraphvizのグラフを生成するにあたって、software:sbcl:graphvizをS式で操作するのプログラムとつぎのS式を利用した。

(defparameter *subgraphs* '(
                            ))
 

(defparameter *options* '(
                          (graph
                           (:label "平山洋『アジア独立論者 福沢諭吉――脱亜論・朝鮮滅亡論・尊皇論をめぐって』「おわりに」より\\n時事新報の論説約6000編中福沢が関与したのは……")
                           (:fontname  "APJapanesefont")
                           (:labelloc t)
                           )
                          (node
                           (:fontname  "APJapanesefont")
                           )
                          (edge
                           (:fontname  "APJapanesefont")
                           )
                          ))
 
(defparameter *nodes* '(
                        (jiji ("現行版『全集』「時事新報論集」所収?"))
                        (unrecorded ("今後の分析対象"))
                        (jihitsu ("自筆原稿あり?"))
                        (kanyo ("108編"))
                        (taisyou ("大正版『全集』所収?"))
                        (kyakkan ("224編\\n(うち石河起草分14編)"))
                        (nokori ("約1200編"))
                        (allfukuzawa ("約1200編すべて福沢の論説"))
                        (buntai ("文体から判断可能?"))
                        (buntaitrue ("福沢の真筆と判断?"))
                        (buntaifalse ("諸資料から福沢が立案者だと判断?"))
                        (fukuzawatrue ("福沢真筆"))
                        (fukuzawafalse ("福沢偽筆"))
                        (fukuzawa ("福沢立案\\n記者起稿"))
                        (kisha ("記者立案\\n福沢添削"))
                        ))
 
(defparameter *edges* '(
                        (jiji
                         (jihitsu yes "\\n約1500編")
                         (unrecorded no "\\n約4500編")
                         )
                        (jihitsu
                         (kanyo yes)
                         (taisyou no)
                         )
                        (taisyou
                         (kyakkan yes)
                         (nokori no)
                         )
                        (nokori
                         (allfukuzawa "すべて福沢のもの")
                         (buntai "そうとは言えない")
                         )
                        (buntai
                         (buntaitrue yes)
                         (buntaifalse no)
                         )
                        (buntaifalse
                         (fukuzawa yes)
                         (kisha no)
                         )
                        (buntaitrue
                         (fukuzawatrue yes)
                         (fukuzawafalse no)
                         )
                        ))

dot言語で表すとこうなる。

digraph G {
    graph [label="平山洋『アジア独立論者 福沢諭吉――脱亜論・朝鮮滅亡論・尊皇論をめぐって』「おわりに」より\n時事新報の論説約6000編中福沢が関与したのは……", fontname="APJapanesefont", labelloc=t];
    node [fontname="APJapanesefont"];
    edge [fontname="APJapanesefont"];
    jiji [label="現行版『全集』「時事新報論集」所収?"];
    unrecorded [label="今後の分析対象"];
    jihitsu [label="自筆原稿あり?"];
    kanyo [label="108編"];
    taisyou [label="大正版『全集』所収?"];
    kyakkan [label="224編\n(うち石河起草分14編)"];
    nokori [label="約1200編"];
    allfukuzawa [label="約1200編すべて福沢の論説"];
    buntai [label="文体から判断可能?"];
    buntaitrue [label="福沢の真筆と判断?"];
    buntaifalse [label="諸資料から福沢が立案者だと判断?"];
    fukuzawatrue [label="福沢真筆"];
    fukuzawafalse [label="福沢偽筆"];
    fukuzawa [label="福沢立案\n記者起稿"];
    kisha [label="記者立案\n福沢添削"];
    jiji -> jihitsu [label="YES \n約1500編"];
    jiji -> unrecorded [label="NO \n約4500編"];
    jihitsu -> kanyo [label="YES"];
    jihitsu -> taisyou [label="NO"];
    taisyou -> kyakkan [label="YES"];
    taisyou -> nokori [label="NO"];
    nokori -> allfukuzawa [label="すべて福沢のもの"];
    nokori -> buntai [label="そうとは言えない"];
    buntai -> buntaitrue [label="YES"];
    buntai -> buntaifalse [label="NO"];
    buntaifalse -> fukuzawa [label="YES"];
    buntaifalse -> kisha [label="NO"];
    buntaitrue -> fukuzawatrue [label="YES"];
    buntaitrue -> fukuzawafalse [label="NO"];
}

*1:平山が引いている八木の文章(pp.294-295)の前の部分で、八木はこの点を紹介している。http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~yagi/yagi2005/linkfiles/recent/econruledeve.pdf 参照。