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blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

釜石市の震災アンケート調査結果をもとに防災に関して議論すべきではない

目次

  • はじめに
  • 問題点
  • 問題が生じた背景事情
  • 対処策?
  • おわりに

はじめに

2011年3月11日の震災を受けて、釜石市群馬大学と共同で釜石市民にアンケート調査を実施した。これは2011年11月中旬から12月末、つまり震災から約9ヶ月が経過したときに行われたもので、「岩手県釜石市の全世帯(約17,000世帯)」を対象としている。

このアンケートの調査結果は「釜石市民を対象とした東日本大震災の津波避難に関するアンケート調査結果【速報】」という資料名で2012年4月に公開された。掲載されている140ものスライドの多くに、さまざまな図が収録されている。なお、資料冒頭にある調査結果の概要は、「釜石市東日本大震災検証報告書(案)平成24 年3 月」にも掲載されている。
このアンケート調査の結果は防災に関する議論の前提として屡々参照されてきた。古くは、第2回釜石市東日本大震災検証委員会開催結果を報じた2012年2月の河北新報ニュース 東日本大震災 「3メートル警報」で二の足 釜石市民調査*1で、最近では、防災研究者間でのやりとりにおいて言及されている。


私は、このアンケート調査結果をもとに防災に関する議論をすべきではないと考えており、このアンケート調査結果が速やかに破毀されることを望んでいる。
これらのことについて簡単に説明しよう。

問題点

このアンケート調査結果の何が問題なのだろうか。
端的に言えば、当該アンケートが市民の見解を適切に示していると判断できないことである。「4,002世帯(約23.5%)」というアンケートの回収数に注目してほしい。悉皆調査においてこれほど低い回収率から結論を引き出したとしても、果たしてその結論に妥当性がどの程度存在するのだろうか。また、その結論に従って推論することは、学術的に分析する上でも政策面での検討を加える上でも、許容されてしかるべきことなのか。このアンケート調査結果から引き出される結論の妥当性には疑いが残り、ここから意義深い推論を引き出し得る余地についても同様だと私は考えている。
この低い回収率に関して、上記の報告書や資料では何ら批判的に検討されていないことを付言しておく。
なお、アンケート調査の回答の信頼性についてはここでは検討しない*2

問題が生じた背景事情

ここで疑問が出てくる。なぜ、精度の高い標本調査ではなくて回収率の低い悉皆調査を、釜石市役所と群馬大学は実施してしまったのか。そして、回収率の低さの意味を検討せずに、個々の結論を引きだそうとしたのだろうか。
その答えは、データ分析の重要性の認識が学術・実務双方において十分ではなかったということに求められるだろう。将来の多数の人命に危機が迫る津波災害の分析においてすら、その認識が不十分だったのではないか。
もしかすると、データによって多数の人命が左右されるということを、当該アンケート調査の関係者は想像できなかったのかもしれない。この点で参考になるのは林知己夫の体験だろう*3。戦時中マリアナ基地からの本土来襲機数の時系列グラフを作っていた林は、捕虜が有している情報と照らしあわせることで、来襲機数の予測が出来ることに気づいたのであった。これを受けて林はつぎのようにいう。「これに基づいて本土防空計画が立つ。間違えばそれだけ人命が無為に失われることになる。真剣そのものにならざるを得ない。」人命を左右するデータ分析としては初期の特攻機の攻撃にもあてはまる。命中率や攻撃法について、特攻初期の数少ないデータからどう推定すればよいのか。命中効率と破壊力を総合的に考えると急降下攻撃(角度は60度以上)がよいと分析した林は「正に血腥い非常なデータ分析」だと形容している。このような体験を経た林は以下のように心情を吐露したのだった。

私は、データによる現象分析の結果が、人命を左右することを当時身をもって知った。正に壮絶な思いをした。データの中から血が零れているという感じであった。データを正確に取り正しく分析することの重みを身体で知ったのである。

このようにデータの収集と分析が人命を左右するということを、当該アンケート調査の関係者が理解していたとは思えない。アンケート調査の設計に携わった人の誰かが、上記のようなことを考えて精度の高い調査にすべきという論陣を張っていれば、当該アンケート調査結果はよりよいものになっていただろう。
インターネット上の情報から判断すると、マスコミや他の防災研究者はこのアンケート調査を批判していないようだが、その人々も、データによる現象分析の結果の重要性を真剣に捉えていないと思われる。

対処策?

私は、既に書いたとおり、このアンケート調査結果をもとに防災に関する議論をすべきではないと考えており、このアンケート調査結果が速やかに破毀されることを望んでいる。なぜなら、つぎに説明するような、このアンケート調査結果をできるだけ有効なものとして解釈する努力が為されない限り、アンケート調査結果の有用性が疑わしいままだからだ。
そうはいうものの、すでに集めたアンケート調査をなるべく有効なものとして利用したいというのも理解できなくはない。その手法としてつぎのようなことが考えられるだろう。まずアンケートの回収率を高めるために、誰かがアンケートの未提出者に提出を強く促す。その結果としてアンケートが提出されたとき、提出者と未提出者の割合はどうか、それは地区毎にどれほど違うのかを検討する。その検討を通じて、未提出者の見解が提出者の見解にそれほど影響を与えそうにないか、つまり提出者の見解が母集団全体の見解を代表しているといえそうか否かを判断する。このように七面倒な作業をしない限り、当該アンケート調査を利用するのは見送った方がよいのではないか*4
詳しい対処策については、いわゆる調査屋さんに相談すればよいだろう。

おわりに

「二度と悲劇を起こさない安心、安全なまちづくりに取り組んでいきたい」*5と市長が本当に考えるならば、市長は当該アンケート調査の設計に携わった役所の職員に対して真摯な反省を求めるべきである。

*1:ちなみに、最新の検証委員会は第3回釜石市東日本大震災検証委員会(平成24年3月27日開催)である。

*2:林は『教育を考える』所収の「自然災害研究と社会調査」(1983)pp.5-35, p.7でつぎのように述べている。「……被災後の調査には、自己行動の合理化、美化が多く出る……かどうかも検討事項になろう」。これらをうまくコントロールしないと、被災状況の適切な調査結果が得られない可能性が出てくるだろう。[asin:4585051538:detail]

*3:「●紫綬褒章受章記念特別寄稿論文 データの中から血が零れている」『人との出会い』(1981)pp.160-165.「日本における統計学の発展」『人との出会い』(1980-1981)pp.167-268, pp.173-178にはより詳しい背景事情が掲載されている。[asin:4585051546:detail]

*4:地区毎の母集団について何ら注意を払っていないように見える「釜石市民を対象とした東日本大震災の津波避難に関するアンケート調査結果【速報】」を踏まえると、特にそう思う。

*5:岩手日報・被災地ニュース 【釜石】殉職消防団員8人を忘れない 市役所で叙勲伝達式(2012.6.13)