blechmusikの日記

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埼玉の道徳教材『彩の国の道徳「心の絆」』の「極限の救出劇(中学校・高等学校)」に関する覚え書き

目次

  • はじめに
  • 教材の内容と不正確と思われる箇所
  • この教材に関係する映像や写真
  • おわりに

はじめに

三ヶ月前に埼玉県内の公立小中高約1250校で使われる道徳の教材に関する雑感(twitterより) - blechmusik2の日記を書いた。そこで言及した教材が現在インターネット上で公開されている*1

このエントリーでは中学校と高等学校向けの教材「極限の救出劇」(pp. 21--22)に焦点を当てることとしよう。まず教材には不正確と思われる内容が含まれていることを提示し、それからこの教材に関係する映像や写真を紹介する。

教材の内容と不正確と思われる箇所

この教材ではつぎのような順番で当時の状況が描写されている。

  • 勤務中に地震に遭遇する
  • 勤務先の構内から外へとひとまず避難する
  • 勤務先のそばに流れて居る甲子川の水が引いている様子を目撃する
  • 国道283号線に出て避難所に行こうとし、(車を使わずに)走り出す
  • 車の運転者に津波からの避難を呼びかける
  • 自身が津波の濁流に巻き込まれる
  • 自身が津波で流されている際、フェンスに引っかかり命拾いする
  • 構内に一旦戻る
  • 国道283号線を隔てた場所に、津波の中漂流している数名の姿を視認する
  • 人々を救助するためにロープを抱えて津波の中に飛び込む
  • 人々を救助する

この教材の中には不正確と思われる箇所がある。それは「国道283号線に出て避難所に行こうとし」たという点だ。私の理解が正しければ、森氏が辿った道の先には(震災前に指定されていた)避難場所は存在しない。では森氏はどこに行こうとしたのか。それは勤務中の企業の敷地のうち、より安全な場所であろう。この点で参考になるのはあきらめず 一歩ずつ前へ がんばろう釜石 感動の復興ドラマ【新日鉄釜石製鉄所1】:PRESIDENT Online - プレジデントの記事である。この記事は森氏へのインタビューをもとに構成されているものだが、そこには避難所に向かおうとしたとは一切書かれていない。これらを踏まえると、教材で避難所に言及している理由は不明である。
また、人々を救助し始める場所が交差点付近なのかどうかについて、道徳の教材とプレジデントの記事に差異があるのだが、本エントリーでは措いておく。

この教材に関係する映像や写真

指導上の留意点*3として「映像や写真等を提示し、緊迫した状況をつかませ、資料への関心を高める」(p.37)ことが明記されている。教員の立場に立つならこう言えるだろう。それは中学生と高校生にこの道徳の教材に取り組ませる際に、森氏がどのような状況下にいたのかを理解させるということである。
ここでは当該教材よりも、あきらめず 一歩ずつ前へ がんばろう釜石 感動の復興ドラマ【新日鉄釜石製鉄所1】:PRESIDENT Online - プレジデントの方が当時の森氏の行動を詳しく描写しているので、それをもとに映像や写真を紹介しよう。
まずこの動画を取り上げる。

21:35以降に映っている川こそ甲子川である。この動画が撮影されたのは国土交通省 東北地方整備局 釜石港湾事務所だ。

森氏が運転中の人々に避難を呼びかけたのは、上記の港湾事務所から約800m離れた場所である。

森氏が人々を救助したのは、おそらく、自身が津波の濁流に巻き込まれた地点から200mほど内陸側の場所、交差点の傍だと思われる。「指導上の留意点」として「……濁流と化した国道、対岸の丘までの距離などを押さえ」るとあるが(p. 37)、この地点をgoogle mapのストリートビュー機能を使って眺めればそれらをよく理解できるだろう。

この交差点のすぐ近くから撮影された震災当日の写真を見れば、交差点付近がどれほど浸水していたか分かるだろう。森氏が居たのは、この写真の左後方100mのあたりだろうか。なお、この写真は水がある程度引いた時に撮影されたものだと思う。

次の動画は森氏と同じく交差点付近で津波で流されている人を救助した前川輝夫さんの証言だが、証言内容から察するに、ひょっとすると前川氏は森氏による救助を手助けしたのかもしれない。

ただ、上記の資料からは「濁流と化した国道」283号線の様子は想像しにくいかもしれない。実はこれまでのところ、国道283号線を流れる津波の動画はウェブ上で公開されてこなかったのだ。その点で参考になりそうなのは、国道283号線ではなく1km以上離れた同市内で撮影された、ドキュメンタリー番組「てんでんこ―津波を生き延びる知恵」の出来が素晴らしい - blechmusik2の日記で言及した動画の冒頭部分である。これを見ればおおよその雰囲気はつかめるだろう。

おわりに

これらの資料を通じて「かけがえのない自他の生命を尊重しようとする心情を育てていくこと」*4がどの程度達成されるのか分からない。そうはいうものの、この教材をきっかけとして中学生や高校生が先の震災の被害を自分なりに調べて、防災意識を向上させるならば、結果として自他の生命を尊重することにつながるだろう。もっとも、そのようなことについて埼玉の教育委員会は毫も考えていないようではあるが*5

*1:この教材については他人のために死ぬことは「美徳」と言えるのか? 南三陸町の女性職員を道徳教材にした教育者の“良識” ――浅見哲也・埼玉県教育委員会職員のケース|3.11の「喪失」〜語られなかった悲劇の教訓 吉田典史|ダイヤモンド・オンラインでも触れられている。

*2:http://www.pref.saitama.lg.jp/uploaded/attachment/489782.pdf

*3:展開例として提示されているもの。以下では展開例であることを明記しないこととする。

*4:「教材作成の意図と取り扱いの留意点」p. 37

*5:上述のダイヤモンド・オンラインの記事参照