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blechmusikの日記

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(医療スタッフの裁量がとても広い)国際緊急医療NGOによる記録と提言 菅波茂編『AMDA被災地へ!』

目次

  • はじめに
  • 本書の概要
  • 特筆すべき点
  • 改善してほしい点
  • おわりに

はじめに

岡山県にAMDA(アムダ)というNPO法人がある。この AMDA とは The Association of Medical Doctors of Asia の頭文字を取ったもので、「災害や紛争で被災した地域に、医療・保健衛生分野を中心に緊急人道支援活動を展開している」*1団体である。活動内容から察せられるように、この団体の活動領域は国内にとどまらない。最近の事例では、今年2月22日と3月はじめにおきたニュー・ジーランドの震災で前者の翌々日である2月24日にはスタッフを派遣している*2。国内外で機敏に活動している民間団体だといえるだろう。

AMDA被災地へ!―東日本大震災国際緊急医療NGOの活動記録と提言

AMDA被災地へ!―東日本大震災国際緊急医療NGOの活動記録と提言

本書は東日本大震災における AMDA の活動記録と AMDA による提言をまとめたものである。もしかすると、AMDA の具体的な活動を知らない人でも、電気自動車が被災地で活躍していた、というニュースを聞いた覚えがあるかもしれない。asahi.com:総社市の支援 NY紙に-マイタウン岡山として報道されたものだ*3。この電気自動車は AMDA の依頼により岡山県総社市から貸し出された公用車なのだが、それではなぜ総社市は電気自動車を貸し出したのか、そもそも AMDA が大槌町で支援活動をしていた理由は何なのだろうか。これらについての回答が団体の活動の記録としてまとめられている。提言とは今後の震災、とりわけ西日本で起きるであろう東海、東南海そして南海の連動型地震とその津波被害に向けた諸対策の提言である。

以下ではまず本の内容を概説し、それから特筆すべき点と改善ほしい点を一つずつ記す。

本書の概要

本は6章から構成されており、それに加えてAMDAをサポートした団体の各代表が寄稿した序文と、東日本大震災における AMDA の活動関連資料、AMDA のこれまでの活動関連資料、海外から寄せられたメッセージとあとがきからなっている。

「第一章 AMDA の東日本大震災救援活動の総括をどうするのか」ではスタッフを迅速に派遣したことと、さまざまなつてを通じて支援体制を強固にしていく様子が描かれている。普段から構築していた縁を有効に使うとはこういうことなのか、と驚かされるだろう。後半部分では復興を支援するにあたり震災後に作った絆を強化する計画を提示している。近視眼的な弥縫策にとどまらず将来の交流を手助けしようとする、一民間団体の誠意ある活動がよくわかる章だ。

「第二章 東日本大震災緊急救援活動に参加したボランティアの声」では各活動場所での体験談がまとめられている。その活動場所とは1.宮城県仙台市、2.岩手県釜石市大槌町、3.宮城県南三陸町、4.AMDA本部である。分量の大半は2と3に割かれており、前者はさまざまな都道府県の日本人による寄稿で、後者は海外からの医師等による寄稿となっている。それぞれの立場からの所感を総合して読めば、今後の震災への対応策を具体的に考察できるようになるだろう。

「第三章 被災地救援活動支援団体の声」は、AMDA を介して支援活動を行った団体の代表者等の寄稿をまとめたものである。広島県の高校生から企業の社長まで多岐にわたる立場の人がどういう縁を通じて(直接の縁がない)被災地に支援をしたのか、そして支援をした結果何を考えたかのかが自由に記述されている。今回の震災で AMDA が幅広く活動できた事情を理解するには、この章を読まねばなるまい。

「第四章 被災地の人たちの声」では AMDA の支援を何らかの形で享受した人々の見解が列挙されている。前半部分は医師や自治会の会長による感謝の念が書き留められている。それは岩手県釜石市大槌町と宮城県南三陸町に二分されているが、分量としては前者がほとんどを占めている*4。後半部分は AMDA 東日本大震災国際奨学金を受給した生徒の手記であるが、これは将来医療活動に従事しようと考えておりかつ勉学の意欲ある生徒のために AMDA が設けた奨学金制度である。AMDA による支援が人々を勇気づけていることがよくわかる一章だといえるだろう。

「第五章 西日本大震災は必ず来る。憂いあれば備えあり。提言」は医療支援の側面から今後検討すべき論点を整理し提示している章である。10ページ程度に端的にまとめられていて非常に読みやすいので、医療従事者のみならず行政(とりわけ防災関連の業務)に携わる人なら一通り目を通しておいた方がよいだろう。

「第六章 市民参加型人道支援外交。世界平和への信頼構築」では海外のさまざまな地域で精力的に展開する AMDA の活動をわかりやすく説明し、AMDA が掲げる人道支援の理念を示している。民間の一医療団体によるネットワークの構築によって様々な国の被災者を救う。このことが具体的にどう実践されてきたかが分かる章である。

特筆すべき点

この書籍について特筆すべき点はいくつもあるが、ここでは活動の方針について取り上げよう。
被災地での AMDA の活動は震災当初からめざましかった。釜石市大槌町に関するニュースのうち、自治体が関与している案件以外は AMDA 関連の活動だったように思われる*5
その AMDA の活動がなぜ柔軟だったのかは「してはいけないこと以外はしても良い行動基準への変容。」という項目でまとめられている。端的に言うと、AMDA では、他の支援団体とは異なり、禁止されていること以外ならどのような活動をしてもかまわないのである。AMDA による説明はつぎのとおりである*6

AMDA はネガティブリストの行動様式を基礎とする団体である。「被災者の命を救い、生活を支え、絆を深める」ことができるのなら何をしても良い。自主性に富んだ参加者には堪えられない喜びを提供する。一方、指示待ちを良しとする参加者にはがまんできない野放図な団体である。……

ネガティブリストで行動する AMDA に参加する医療スタッフには、下記の3原則が要求される。これが理解できなけば現場に混乱を招く。参加してはいけない。
1. 医療事故を起こしてはいけない。 2. 被災者に迷惑をかけてはいけない。 3. 他の医療スタッフのやり方を非難してはいけない。

……「救える命があればどこへでも」は「必要とされることがあれば何でも」の意味でもある。

これらを総合的に考えるとつぎのようにまとめることができるだろう。すなわち、AMDA に参加する医療スタッフ個々人には、何かしらの課題に対して、解決するための手段を自分で決定する裁量が相当広く認められている。注目すべきなのはこの手段の裁量で、その裁量が制約されるのは上記の三点に限定される。その三点以外の手段であれば、(協力者となるであろう団体に問い合わせたり調整したりするなど)AMDA 本部として何かしら支援できることをする。その結果が各種イベントの開催や支援物資の提供であることは本書を読めば明らかだろう。
AMDA がスタッフに手段の裁量を相当広く認めるということは、AMDA が各スタッフを信用していることの一つの結果だといえるだろう。この点で参考になるのは「行政は町内会を日常は信頼しても、災害時には信用しない不思議さ。」*7の項目である。そこでは、命を救うか否かがかかっている発災後三日間はとくに、多少の不公平感はあっても、行政は支援物資を配布すべきではないか、具体的には迅速に配布することを信用して町内会にいわば丸投げしてはどうかと問いを投げかけている。そういう意味で、AMDA は災害時にこそスタッフを信用している団体だと言ってもいいすぎではないと思う。
このような AMDA の方針のおかげで多数の被災者が AMDA に救われたのだろう。縁と信用無しには被災者支援という AMDA の活動は成り立たないのはもちろんだが、それだけでなく、各スタッフの心の持ちようとそれを支援する AMDA の信頼関係があってこそさまざまな活動がすすめられる。
信頼する関係を支援活動の方針に据えることがいかに重要か、本書ではこのことがよく示されている。

改善してほしい点

簡略化したものでよいので、釜石市大槌町南三陸町の地図を掲載した方がよかった。釜石市大槌町については具体的な施設名が多数記載されているのだが、その地域の地理に詳しくない人にとっては、どういう場所の話をしているのか皆目不明だろう。これは末永く読み継がれるべき本だと思っているので、その点が残念である。

おわりに

この本には、多数の報告にくわえて、今後の災害に対する備えの提言が掲載されている。将来の災害に立ち向かうにはさまざまな知恵を結集しなければならない。その知恵の結集方法のヒントがこの本にはいくつも鏤められている。

災害は発生してほしくないものだが、発生した際には AMDA の素晴らしい活躍を期待している。

*1:『AMDA 被災地へ!』「AMDAとは」22ページより。以下に記すページ番号はこの書籍のものである。

*2:346ページ。

*3:元となった記事は After Disaster Hit Japan, Electric Cars Stepped Up - NYTimes.com.

*4:前者の寄稿者は14名で後者の寄稿者は2名である。

*5:当時のニュースの見出しの記録については東日本大震災:関係資料:ニュース:釜石市東日本大震災:関係資料:ニュース:大槌町を参照のこと。

*6:46--47ページ。

*7:64--66ページ。