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blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

(株)青紀土木の青木専務のコメントにお答えいたします

東日本大震災

目次

  • はじめに
  • 避難場所を知らない人々の生命を守る
  • 将来の人々の生命を守る
  • 自分の生命をまず守る
  • おわりに

はじめに

ドキュメンタリー番組「てんでんこ―津波を生き延びる知恵」に関する先日のエントリー*1について、株式会社青紀土木の青木専務からコメントを頂戴しました*2。同社は番組に出演していた萬寛さんの勤務先であり、専務の青木さんは震災後釜石市の現状について情報を発信続けている方です*3
青木さんのコメントからは、生命そして生活を津波から守るというテーマが浮かび上がってきます。津波によって人々の生命が危険にさらされてしまうことは、多くの方が今回の震災で学んだでしょう。
以下では、青木さんのコメントをもとに、「避難場所を知らない人々の生命を守る」「将来の人々の生命を守る」「自分の生命をまず守る」という三点からものごとを考えてみます。

避難場所を知らない人々の生命を守る

青木さんはつぎのようにおっしゃっています。

結構、内陸から来ていた方が地震=津波の感覚が無い為、お亡くなりになっています。

避難道路や避難ビルといった避難場所を知らない人々の生命をどう保護するかは、復興での議論に反映されにくいことでしょうが、看過してはならないことでしょう。避難場所を知らない人々は、避難場所を知っている人々と異なり、津波から避難するための場所がどこにあるのかを知りません。ですので、避難場所を知らない人々がもしも震災にあったら、避難場所を知っている人々よりも、津波から避難するのが難しいと考えています。そのような避難場所を知らない人々の生命をどうすれば保護できるかというと、浸水予想地域から離れた場所に、道路を敷設したり施設を建築するしか方策はないでしょう。こういう観点からすると、釜石市の新市役所の立地について疑問が出てきます。「これまでの歴史性を踏まえる」*4という、避難場所を知らない人々の費用と便益をどう見積もったか皆目不明な案には批判的にならざるを得ません。

将来の人々の生命を守る

上記の「避難場所を知らない人々の生命を守る」はハード面の防災(減災)の話でしたが、つづけて、ソフト面での防災(減災)に役立つ資料について考えてみます。

私の手元には海底があらわになった岸壁など信じられない画像が沢山あります。

貴重な資料ですから、どうか後世にお伝えください。とくに、平田湾をおそった津波の写真のうちインターネット上で公開されているのは、私が知る限り、御社のトップページの画像と、NHK盛岡放送局のあの日あの時*5の11月21日放送分「釜石市 井ノ口伸幸さん」(岩手県水産技術センター所長)で取り上げられている画像だけです。数十年後の人々はもしかしたら津波の脅威を実感できないかもしれません*6。人々の生命・財産を守るという目的に、その資料は必ずや資することでしょう。

なお、当方は、釜石市大槌町に限ったものではありますが、インターネット上で公開されてきた津波の動画や画像へのリンクを以下のページにまとめています。参考になれば幸です。ただし、NHK盛岡の「あの日あの時」の動画は、一定期間を過ぎるとNHKが削除(または非公開)にしているようですので、リンクを収集しておりません。

自分の生命をまず守る

最後に「てんでんこ」ということばにどういう意味を持たせたいか、という話をします。

話は変わりますがどうしても知って欲しい事、萬さんの息子さん達は小学生を励ましながら避難し、途中で保育園の先生方が園児を大きなカートのような台車に載せて押している所に駆付け、手を貸して避難しているのです。

この件については知っております。そこで想起されるのは、内閣府主催の講演会において釜石東中学校の教諭が紹介していた、釜石東中学校の震災前の避難訓練の一内容です。それは綱引きの綱を入れておくリヤカーを使って人を運ぶというものでした。鵜住居保育園の子の避難を助力した生徒の行動は、余力があれば他の人も救けるという訓練の成果かもしれません。

3年生が一番後ろで避難していて、後ろから迫る津波に下級生を押しのけて逃げる事が出来ないので道路から逸れて脇の山へ逃げ込んだそうです。

このことははじめて聞きました。これは「やまざき機能訓練デイサービスホーム」の場所からさらに逃げたときの様子でしょうか?そのときの写真には、釜石東中学校の生徒がてんでばらばらに逃げ始めるシーンが収められていますが、そうだとすると生徒の危機感がよく分かります。

『てんでんこ』の言葉から他人は気にせず逃げろ!!と聞こえてしまいますが、他の場所にいる方を案じるより、まずは自分が避難する事を優先しなさいという事で自分の回りにいる人は大切にしろ!!という解釈が妥当だと私は個人は思っています。
事実、笑い話に聞こえるでしょうが釜石市議会で『てんでんこ』の解釈が議論になっている位ですから・・・

市議の主張は断片的には岩手日報で報道されましたが*7市議会だよりバックナンバー平成23年(2011年) - 釜石市の「第126号 平成23年11月16日発行」において触れられていないため、詳細が分かりません。
もっとも、消防団に所属する市議が、地域住民は地域の弱者を保護せねばならぬと考えていることは分かります。この町を必ず蘇らせる! | ニュース | 公明党「激励に、救援に走る公明議員 東日本大震災 公明新聞:2011年3月22日付」には、消防団員として水門を閉めに向かう市議の姿が描かれています。
「てんでんこ」なることばについては、青木さんの見解に加え、慚愧の念を軽減することはもちろんのこと*8、恨みっこなしよという親族*9への弁明の役割(機能)を見逃してはならない、と私は思っています*10。津波から他の人を救わなかったならば、人々の結びつきが強いところでは、責任の追求が強くなされるでしょう。その際、生き延びた人は心理的に大きな痛手を受けることになります。
要するに、「てんでんこ」ということばには大別して二つの機能を持たせるべきです。第一の機能は、津波襲来前から津波襲来中の行動指針です。集合場所をあらかじめ家族間で決めておく、家族を心配して無理に家に戻ろうとしない、といったものです。この第一の機能については群馬大の片田教授が平易な語りで解説しています。第二の機能は、避難した行動を悔いて心を痛めるな、また、津波襲来後の親族や地域共同体間の関係を悪化させるなという行動指針です。前者は田舎か都会かに関わらないことですが、後者についてはその関係が生活(生計)と密着している田舎であればあるほど過小評価してはならないと思っています。

なお、津波からの避難行動ということを着目すると、釜石市長が「てんでんこ」に失敗していたという事実を語り継ぐべきでしょう。これは「恐怖感がいっぱいで瞬間的な判断ができなかったため、〔釜石市長は〕高台に避難しなかった」*11と説明されています。市長が避難しないために側近の職員も市長の傍にいたとして、そこでその人々が万が一亡くなっていたら、一地方公共団体としての釜石市の事業継続(Business continuity)は困難を極めていたと思います。自分の命を守るということの重要さを直視してほしいものです。

ちなみに、私見ですが、消防団に所属している市議が地方議会において第一にすべきことは、消防団員をとりまく環境を見直すことだと思います。以下の記事にあるとおり、今回の震災で多くの消防団員は自分の生命を守ることが困難な状況下にありました。政策的な側面と法的な側面との折り合いをどうつけるのか、市議会議員ならば真剣に検討せねばならないでしょう。

おわりに

以上、「避難場所を知らない人々の生命を守る」「将来の人々の生命を守る」「自分の生命をまず守る」という三点からものごとを考えてみました。巨大災害のリスクを評価することは一般人にとって難しいことでしょうし、実際に難しいことです。そうはいうものの、生命を守るという目標に人々は取り組まねばなりません。青木さんからのコメントを受けて、このようなことを考えました。

御社の今後ますますのご発展と、ご活躍をお祈りいたします。

追記

「自分の生命をまず守る」の箇所を中心に、表現をいくつか書き換えました。

*1:ドキュメンタリー番組「てんでんこ―津波を生き延びる知恵」の出来が素晴らしい - blechmusik2の日記

*2:青木 健一 2011/12/05 17:52参照。

*3:専務のブログ参照。

*4:市役所立地「修正の余地」 釜石市の復興計画最終案

*5:津波関連のドキュメンタリーとして特に優れている番組です。この番組の内容は喧伝すべきだと考えています。

*6:津波の脅威なんて年寄りの戯れ言に過ぎない、と軽く受け流す人も出てくるでしょう

*7:河北新報ニュース 「てんでんこ」の扱いで論戦 釜石市議会特別委

*8:東京で講演をなさった両石町内会会長がこの点を強調していました。

*9:場所によっては、親族に限定せず地域共同体という方が適切かもしれません。

*10:「てんでんこ」ということばは弁明という文脈で使用されていました。山下文男は著書『津波てんでんこ: 近代日本の津波史』のあとがき pp. 231-233 でつぎのように説明しています。[asin:4406051147:detail]山下文男の父は息子の手を引かずに津波から逃げたところ妻(山下文男の母)から咎められたのですが、父は母に対して自身の行動をするために「てんでんこ」ということばを用いたのでした。このようなことを紹介した山下文男の講演を受けて、講演会に出席した学者が、「津波」と「てんでんこ」ということばを結びつけ、「津波てんでんこ」という造語を作り出しました。「津波てんでんこ」の造語の経緯を考えるならば、このことばから弁明の意味を読みとらないわけにはいかないでしょう。

*11:「市議会だより 第125号 平成23年7月1日発行」p. 9.