blechmusikの日記

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ドキュメンタリー番組「てんでんこ―津波を生き延びる知恵」の出来が素晴らしい

目次

  • はじめに
  • 番組の内容
  • 優れている点
  • 改善すべき点
  • おわりに
  • 追記

はじめに

Donald Harding さんと Ben Harding さんが作成した*125分間のドキュメンタリー番組「てんでんこ―津波を生き延びる知恵」('Tendenko: Surviving the Tsunami')*2を紹介しよう。このドキュメンタリー番組はアル・ジャジーラ英語版のサイトと youtube で公開されている。

以下では、まずこのドキュメンタリーの内容を概説してから、優れている点と改善すべき点を述べよう。

番組の内容

この番組は、群馬大の片田教授釜石市箱崎町の(鵜住居小の児童の弟と、釜石東中の生徒の兄が居る)萬*3さん一家へのインタビュー、そしてYoutubeから削除された津波動画から組み立てられている。特徴的なのは、番組が巧みに構成されていることだ。たとえば、萬さんの奥様が、津波が迫ってくる中、おじいさんの手を意図的に離して高いところへ単独で逃げたと述懐している場面がある。この情景は視聴者に深く影響を及ぼすだろうが、その後の展開もそうだろう。詳しい内容については番組を参照してほしい。
番組の場面は6月末から7月上旬にかけて撮影されたようだ。上記の動画とJapan: Looking to the past for answers - Witness - Al Jazeera Englishの動画の「薄情」ということばの文脈から察するに、まず萬さん一家にインタビューしてから、片田教授にインタビューしたのだろう。このことは、制作者のDonald Harding さんと Ben Harding さんの twitter でのつぶやきを追えばわかる。

2011-06-25
Twitter / @donald_harding: 1st day filming, msg spray ...
2011-06-25
Twitter / @ben__harding: The cargo ship "Asia Symph ...
2011-06-26
Twitter / @ben__harding: Filming in downtown Kamais ...
2011-07-01
Twitter / @donald_harding: @ben__harding films the As ...
2011-07-01
Twitter / @donald_harding: http://yfrog.com/gy6sxhrj ...
2011-07-02
Twitter / @donald_harding: Finished shoot for @AJEngl ...

優れている点

優れている点としてまず挙げられるのは、津波の記録映像を誰もが参照できるようにした点だろう。この番組では Youtube から削除された津波の動画二つが用いられている。すでに述べたように本番組の撮影開始は6月末だが、6月というと、このドキュメンタリーの冒頭で用いられている釜石市役所前から撮影した津波の動画が公開されたときで、その動画は後に非公開になったのであった。番組中盤で用いられている両石町の津波動画が公開されなくなったのはその前の月、すなわち5月である。これらの動画は日本のニュース番組で時たま取り上げられているようだが、著作権上、そのような番組は不特定の物がインターネット上で自由に閲覧することはできない。これに対して、今回のドキュメンタリーはアル・ジャジーラ英語版のサイトを訪れた者なら誰でもいつでも自由に視聴できる。津波の記録映像をいつでも誰でも見られることは、防災(減災)の啓発において重要な意味を持つだろう。
記録という観点からすると、鵜住居小学校の児童と釜石東中学校の生徒が避難に用いた道路の様子が収められている点も評価されよう。特に、避難に用いた道路のなかでも、ある程度高度があるにもかかわらず被害を受けた地点でインタビューをしていることが注目されいる。ただ、これについては避難した道路の地形とインタビューの地点が図示されない限り、鵜住居町の地形を知らない人には、わかりにくいかもしれない。
津波から逃げようとする意志を萬一家が共有していたことを鮮やかに描き出しているのもよい。別の場所にいる家族が*4、それぞれ津波から懸命に逃げようとしていた。すでに触れた萬家の奥様の行動はこれに該当する。もっとも、おじいさんの行動については留保が必要だろう。津波からとにかく逃げようとした家族の姿勢を、世界の人は驚きをもって見ていると思う。
忘れずに言及せねばならないのは、釜石市における津波防災(減災)で重要な役割を担った片田教授の発言がよくまとめられていることだろう。今回の番組で使用された発言は、インタビューが首尾良くまとめられている動画Japan: Looking to the past for answers - Witness - Al Jazeera Englishのものをさらに簡約したものである。家族のつながりが密な故に悲劇が起きうると簡潔に解説されていると私は考えたが、いかがだろうか*5

改善すべき点

釜石市内の地理を簡単に図示した方がよいのではないだろうか。釜石市内の地理を知っている人には、それぞれの場面の地理について説明は不要かもしれない。しかし、このドキュメンタリーの視聴者はそういう人に限らないだろう。浜町と鵜住居町、そして箱崎町がどれほど海に面しているのか、また、それぞれの町がどれほど隔たっているのかを、視聴者にわかりやすく示してほしかった。

おわりに

この番組の意義は、震災を記録しておくという点は言うまでも無いことだが、釜石市箱崎町のある家族と防災研究者の津波に対する考えを日本国外に向けて(わかりやすく)発信したことにある。ここで括弧を付したのは、地理が図示されなかった点を考慮したためだ。
震災関連の今後のドキュメンタリーに求められるのは、今回の番組で取り上げられた萬家の家族を被災地の住民の一例としてどこまで一般化できるのか、もしも一般化できないとしたらその原因は何故なのかを考察することだろう。この点で、釜石市が市内の全世帯の避難の様子を調査し分析しようとしていることが注目される*6。この調査の結果を踏まえた、探究的で良質なドキュメンタリーを見てみたい。

追記

動画の紹介

補足として動画を二つ紹介しよう。
今回取り上げられた桑の浜については、3月末の時点の被害の様子が撮影されている。撮影者は震災直後の釜石市の様子を撮影し続けた方である*7。動画内の説明によれば、桑の浜に撮影者の祖父母の家があったようだ。

鵜住居小学校の児童と釜石東中学校の生徒が津波から逃げた道路が撮影されている。この動画が撮影されたのは震災から半年後である。この動画を見れば、どれほどの距離を子供が逃げ続けたのかよく分かるだろう。

動画のリンクの追加

アルジャジーラのサイトと同一の動画が youtube においても公開されたので、リンクを追加した。

人名の表記

萬家の情報を脚注に挿入した。

*1:動画中のクレジットに掲載されているのはこの二人の名前だが、Twitter / @donald_harding: ドンプロダクションズが#東北は# ...によると、映像制作会社ドンプロダクションズ名義のドキュメンタリー作品のようである。

*2:邦題は Donald Harding さんの twitter 上でのつぶやきTwitter / @donald_harding: ドンプロダクションズが#東北は# ... のとおりである。

*3:「萬」という漢字をあてたのは、番組出演者の漢字の表記が判明したからである。株式会社 青紀土木現場紹介のページには「釜石市民地がれき撤去業務委託」という項目があるが、そこには「担当者 萬 寛 (今、話題のてんでんこレンジャーレットのお父さんです)」というキャプションのついた写真がある。また、番組中の釜石東中学校の生徒である萬慎吾さんについてはつぎとおりである。2011-04-24の日本経済新聞朝刊27ページの記事「礎をもう一度(1) 育った防災の申し子(社会人)」には、「釜石東中学校の野球部キャプテンの萬慎吾(14)」と、2010-01-23の読売新聞26ページの記事「津波防災ドラマで伝える 釜石東中が生徒出演のDVD教材」には、「赤レンジャー役の萬慎吾君」と記載されている。なお、この教材はyoutubeにて公開されている。てんでんこ レンジャー - YouTube参照。また、本エントリーコメント欄の「(株)青紀土木 専務青木」さんからのコメント参照。

*4:兄弟が同じ場所に居た、とは言ってよいかもしれない。鵜住居小学校の児童と釜石東中学校の生徒は避難の途中で合流したのである。

*5:なお、津波の防災に関して片田教授は、内閣府主催「津波防災の日シンポジウム2011」にて詳説している。このシンポジウムはニコニコ生放送でも放送された。津波防災の日シンポジウム2011 東日本大震災から学ぶ〜大災害をいかに生き延びるか〜 - ニコニコ生放送の1:00:40から2:03:40までを参照のこと。

*6:3.11東日本大震災アンケート調査へのご協力をお願いします - 釜石市参照。

*7:my diary 11th march 2011 Iwate pref eartquake and tsunami part13月11日 - YouTube12th march 2011 tsunami diary finding my missing sister in kamaishi 釜石 - YouTubediary of tsunami14th march 2011 Kamaishi city釜石市3月14日finding my missing relative - YouTubeを参照。