blechmusikの日記

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「防災フェア2011」の体験報告会「東日本大震災から学ぶ〜いかに生き延びたか」に出席した

目次

  • はじめに
  • 基調講演
  • 釜石東中学校の教諭と生徒4名による講演
  • 陸前高田市米崎小学校避難所の運営役員である佐藤一男氏の講演
  • 質疑応答
  • 釜石東中学校の生徒への質問と回答
  • 報告会全体に関する私見
  • おわりに
  • 追記

はじめに

先日紹介した*1体験報告会「東日本大震災から学ぶ〜いかに生き延びたか」に出席した。報告会の内容の一部はいくつか報道されている。ただし、残念なことであるが、これらのニュース報道は報告会の一部の内容にしか触れていないのだ。

以下では各講演と質疑応答をまとめてから、報告会全体に関する私見を示そう。

基調講演

田村圭子新潟大学教授によって行われた基調講演の内容を一言で表すならば「防災意識を高めましょう」というものになるだろう。では、具体的にはどう考えていくべきだろうか。防災意識を高めるという観点からすると、防災の担い手である家族や地域(住民)、行政や公共機関がそれぞれ緊密に連携をとれればよいのだろう。だが、実際には、それぞれの間での防災意識に乖離が生じてしまう*2。この乖離への対応例が、今回報告される釜石東中学校のこれまでの取り組みなのである。
災害時に対応する課題としていくつかあるが、田村教授によると、今回の報告会に関連するのは、発災直後の「失見当 (disorientation)」(見当識を失う)と避難生活支援として位置づけられる「命を守る活動 (response)」である。前者は釜石東中学校の報告で、後者は陸前高田市の佐藤氏の報告でそれぞれ取り扱われる。

釜石東中学校の教諭と生徒4名による講演

報告の内容は大きく分けて三点ある。防災に関するこれまでの取り組み、発災直後の避難の様子、そして伝えたいことである。
防災に関するこれまでの取り組みには、平成20年(2009年)に発足した全校防災学習「EAST――レスキュー」というものがある。報告会では全く触れていなかったが、これについては、2010年度実践団体の報告「釜石市立釜石東中学校」/防災教育チャレンジプラン最終報告会資料(pdf)最終報告書(pdf)を熟読すればよいだろう。なぜなら、最終報告会資料(pdf)を要約したものが、今回の配付資料の一部と思われるからであり、また、最終報告書(pdf)には苦労した点や工夫した点が具体的にまとめられているからだ。
なお、話はそれるが、今回の報告会の配付資料3ページ目左下の「第3弾 安否札1000枚配布」のスライド(最終報告会資料(pdf)でいうとスライド10ページ目)には、「防災センター前での出発式。手には安否札が」という写真のキャプションがあるが、ここでいう防災センターとは、多くの方が亡くなった鵜住居地区防災センターのことである*3

発災直後の避難の様子で特筆すべきことは二点ある。第一は、鵜住居から撮影された発災当日の津波の写真が3枚あるということだ。配付資料には一切掲載されていなかったが、報告会で公開されたその写真には「山崎デイケア① 15:20頃」「山崎デイケア②」「山崎デイケア③」というキャプションがつけられていた。そこの地図を以下に掲載しておく。第二は、生徒の家庭に浸水が及ぼした影響である。報告によれば、釜石東中学校の生徒中68%の家庭が津波の被害を受けたのだった。

大きな地図で見る
ここでも話はそれるが、配付資料のスライドについて言及しておこう。配付資料5ページの右上のスライドは「津波後の町」と題するもので、その下に写真が掲載されている。この写真は鵜住居町の津波被害の様子を撮影したものではない。報告中には一度も地名が出されなかったと思うが、これは隣町の両石町の被害の様子をとらえたものなのだ。この点に関してはAAO Consensus Meeting という講演会に出席した - blechmusik2の日記を参照してほしい。

生徒が伝えたいことは大まかに分類すると3点ある。第一は普段からものごとに真剣に取り組むことだ。スペースの制約上、発災後の授業は50人超が一同に集うようになり、また、部活は満足に行える状況にないが、そのような逆境に立ち向かい続けている。第二は、「大人を信じ、お年寄りを大切にしよう」ということである。ある避難場所の付近の崖が崩れたところ、地域の住民である年寄りが、「生まれてからずっとあの崖が崩れたことはなかった」と言ったようだ。その発言を受け、結果として、生徒はより高い場所へと移動したのであった。第三は、防災の文化を広めることで、誰かの命を救いたいということである。

陸前高田市米崎小学校避難所の運営役員である佐藤一男氏の講演

岩手県陸前高田市の米崎小学校避難所で運営役員を担っていた佐藤一男氏*4は、報告会の当初の予定では、避難所の運営について講演することになっていた。しかし、先の報告を聞いた佐藤氏は、講演の原稿は用意していたものの、津波被害の怖さと激しい感情を思い起こしてしまったということで*5、発災直後から避難所に移るまでの経緯を急遽詳述していた。

避難所に移るまでの要点を箇条書きにすると、つぎのようになる。

  • 今回の震災で家族全員は生き残った
  • 発災の時は船に乗っていた。地震の揺れはあまりにも強く、船の上で立っていられないほどだった。
  • 陸の方を見たところ土砂崩れを複数見つけたので、110番に電話をかけた。だが、繋がらなかった。
  • 津波が来襲するとわかっていたので、すぐに陸にもどった。なぜ陸に戻ったかというと、陸前高田市の広田湾という場所の都合上、船を沖に出すほうが危険だからである
    • 自宅に戻ったところ、銀行の通帳を探している妻が居たので、妻に速やかに逃げろと伝えた。その際、別々に行動して最終的には高台のおじさん宅に集合するよう打ち合わせた。このような取り決めは以前から行っていたとのことである。
  • 見聞きした範囲では、津波に流された理由は二つある
    • 一つ目は油断である。ある者はつぎのように考えていたようだ。すなわち、地元の防潮堤よりも高い津波が襲ってきたことはないので、今回もそれほど高い津波は襲ってはこないだろう、とのことである。
    • 二つ目は不安が判断を誤らせるということだ。いったん避難所に逃げてきたものの、避難所が寒いことを理由として毛布を運ぶために自宅に帰ったり、金銭を取りに戻った者がいた。浜の人間、すなわち漁業に従事してきた人々はというと、佐藤氏によれば、きちんと避難したようだ。
  • 津波から逃げることに躊躇すべきでない。ある親は津波の来襲の寸前に避難を開始したのだが、その際、親は山を駆け上るために山を見、子供は親に抱きかかえられて津波の様子をずっと見ることになってしまった*6。その子供は水を怖がるようになってしまった。

避難後の話の要点はつぎのとおりだ。

  • 毛布や食料を備蓄していた施設が流されてしまった
  • 避難生活が陸前高田市の米崎小学校で本格的に始まったが、そこで必要なものは3点あった
    • 1. 水。地震の影響で沢水が濁っていたが、その水を煮沸し、上澄みの部分を飲むしかなかった。
    • 2. 食料。
    • 3. 正確な情報。どこそこへ行けばガソリンを10リッター入れられる、別の場所では携帯電話の電波が入る、といった情報に振り回されてしまった人々は、ガソリンを浪費してしまった*7
  • 避難所運営の組織を整える必要があった。消防団に所属していた佐藤氏は、米崎小学校避難所の運営役員に選任された。
    • 話し合いをしている暇はなかった
    • 公的な意味から、また地域に密着するという観点からも、責任や音頭を取りうる人材が求められる。
      • そういう消防団の人を積極的に育てるべき

このように述べてきた佐藤氏は、電気や水の無い生活を半日でも送るシミュレーションをやってはどうだろうかと問いかけた。佐藤氏の提案は、たとえば日曜日に電気のブレーカーを落としたり水道やガスの元栓をしめることである。このような体験を通じて、生き残るコツを是非ともつかんでほしい、ということだろう。

佐藤氏の報告はつぎの三点を列挙して終了した。

  • 8月14日に陸前高田市では避難所が閉鎖されたが、これは被災者がやっとスタートラインに立つことができた、ということである。
  • メディアには、被災地が被災し続けている(被害を受けたままになっている)という情報(現状)を、細く長く(少しでもいいので長期にわたり)報道してほしい。
  • 自分一人ではなく周りの人々と協力して生き残って下さい。

質疑応答

以下簡単にまとめておこう。

Q. 生徒は防災教育にどう取り組むべきか?
A(釜石東中学校) 真剣に取り組もう。釜石東中学校の生徒は、震災後の被害の予測を真剣に捉えていたので、真剣に取り組んでこられた。
Q. 避難所を運営する際のポイントは?
A(佐藤氏) 支援物資の利害から避難所の運営役員を遠ざけておく。そうすることによって、運営役員の発言力を維持しうる。
Q. 発災時に子供たちがパニックを起こしたらどう対処するか?
A(釜石東中学校). 避難の際には、リヤカーを使ってパニックを起こした子供を運ぶことになろう。今回の震災ではリヤカーを使って生徒を運んではいないが、以前の避難の際には実際にリヤカーを使用した。リヤカーは、パニックを起こした生徒のみならず、怪我を負っている生徒も運ぶことができるので、有用である。 A(佐藤氏) 軽度の精神障害者はいたが、避難所における役割を割り振ったところ、パニックを起こさずに過ごしてくれたようだ。
Q. 保護されるべき立場の人(中学生)を保護する側に移すことをどう考えればよいか?
A(釜石東中学校). 学校を移転するといったハード面での対策を生徒は取り得ないのだから、ソフト面で対応するしかなかった。
Q. 行政機関に対する要望を教えてほしい
A1(佐藤氏). 消防ホースを早く渡してほしかった。幸いなことに、twitterを通じて知り合った横浜の方が義捐金でホースを購入し、そのホースを届けて下さった。詳細は以下のリンク先を参照のこと。 A2(佐藤氏). 消防団員間の連絡用の無線機器を大量に渡してほしかった。

釜石東中学校の生徒への質問と回答

報告会終了後、釜石東中学校の生徒に以下の3点を伺った。

  • 「これからの計画」として「第九コンサート」を挙げていたが、その「第九コンサート」は釜石市の市民文化会館の大ホールで催されてきた*8。その市民文化会館は、津波の被害を受けたために、当分使用できないようである*9。代替施設が見つかったのか?→不明である。※追記:以下の記述を参照のこと。
  • 両石町町内会長の瀬戸氏が被災者の体験談を冊子にまとめていたが*10、その冊子には釜石東中学校の生徒の寄稿が含まれていた。そのような釜石東中学校の生徒の体験談をまとめて公表する予定はあるか?→不明である。今のところそのような話は耳にしていない。そもそも、体験談を執筆した生徒はごく一部に限られているようだ。
  • 避難してきた住民の名簿を釜石東中学校の生徒が甲子中学校で作成し始めたと記憶しているが*11、どういう経緯があったのか?→避難者の名簿を作るよう、釜石東中学校の教員が生徒に話した(助言した)という経緯があった。

釜石東中学校の生徒4名の皆さん、質問に答えて下さりありがとうございます。


追記:関係者から「第九コンサート」に関する資料を数点頂戴した。ありがとうございます。「かまいし第九の会 会報 No. 39 2011/07/09」によると、会場は岩手県立釜石高等学校の体育館とのことである。

報告会全体に関する私見

今回の報告会をまとめてみよう。釜石東中学校の教諭および生徒と佐藤氏は、ともに、迅速に避難し、(釜石東中学校の生徒が避難者名簿を作成しはじめたことを勘案するならば、)避難生活を支援したのであった。津波をはじめとする将来の災害への対策を総合的に検討する際には、各報告が参考になるだろう。これより、言うまでもないことだが、ニュース報道のように釜石東中学校の生徒の報告だけに注目するのではなく、佐藤氏の体験談にも目を向けるべきである。今後の震災において避難所を運営する方々にとっては、佐藤氏の体験談からいくつものことを学びうるのではないだろうか。
ここでは一点注意を喚起したい。大人やお年寄りの意見をどのような状況下でどの程度尊重するのか、今回の報告会に出席した者は考えるべきだと思う。釜石東中学校の生徒のように、お年寄りの発言をきっかけとしてより安全な場所に移動できた人もいるだろう。ここで考えてみてほしい。佐藤氏が指摘するような、高い津波はこれまでもこなかったのだから今回も高い津波はこないだろうと油断している大人やお年寄りが、自分の上司なり監督者で、自分の意見が通らない場合はどうか?これを踏まえると、大人やお年寄りの意見を無条件で信頼することには慎重になった方がいいと思う。

おわりに

以上、報告会の内容と私見を記した。ニュースで報道されていることよりも多岐にわたる話題が扱われた、という点をおさえておけばよいだろう。

報告者の皆様、東京で講演して下さりありがとうございました。

追記

内閣府が今回の報告会の内容をまとめている。以下のページを参照のこと。

*1:防災への取組み・津波体験について、釜石東中学校の教諭と生徒が今月21日(日)に東京で報告する - blechmusik2の日記参照。

*2:各当事者の費用便益の評価が異なる、と言い換えられると思う。

*3:asahi.com(朝日新聞社):市施設水没で63人犠牲、補償は明言せず 釜石市説明会 - 社会岩手日報:惨事を「反省し教訓に」 釜石の防災センターを参照。

*4:佐藤一男 (kajyuon) on Twitter

*5:陸前高田市の米崎町といえば、youtube にて公開されている「陸前高田市消防団員の津波映像 フル映像」シリーズがある。

*6:わかりにくい説明になってしまった。寄添い抱きを想起すればよいだろう。

*7:ひょっとすると、これらの情報はデマではなかったかもしれない。もしかすると、当初は確かにガソリンを入れられたり、電話の電波が入っていたが、その後、途絶えてしまったということが考えられる。このような情報に接したときには、情報の出所と時間を確認する必要があるだろう。

*8:例として、第32回「かまいしの第九」 - 釜石市参照。

*9:市民文化会館 - 釜石市公益社団法人 日本照明家協会|震災報告 [岩手 釜石市民文化会館]参照。

*10:AAO Consensus Meeting という講演会に出席した - blechmusik2の日記参照。

*11:研究成果 広域首都圏防災研究センター:鵜住居小学校・釜石東中学校におけるこれまでの活動および被災時の対応について参照。