blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

「日本における児童ポルノ:踏みにじられた純潔」

小見出しは「児童ポルノという有害な表現形式に歯止めをかけようとする、今さらながらの企て」(A belated attempt to curb a pernicious form of child pornography)である。「今更ながら」 "belated"と限定されている理由は最終パラグラフを読めば分かるだろう*1。皮肉屋の Economist らしい文章である。

この記事に関していつくか補足しよう。題名の "innocence" は、道徳上汚れないこと、純潔であること、という意味で使用されている。他方、本文第一パラグラフの "innocence" は、無邪気さ、天真爛漫という意味である。第五パラグラフの"vague" については、憲法上議論される「漠然性故に無効」(Void for vagueness) という概念が問題となる。

なぜ Economist は綾波レイの画像を掲載したのか。「っていうか綾波関係ないだろいくらなんでも、って思ったのですがよく考えたら設定年齢14歳だし裸シーンとかあった気がするし……。」とThe Economistで「非実在青少年」の記事 - 科学と非科学の迷宮のブログ主が述べている。これはよい着眼点だ。綾波レイの裸シーンが児童ポルノに該当するのかどうかは線引き如何による。その線引きこそが不明であるから問題なのだ。こういうことだろう。言い換えてみようか。Economist がこの記事を通読した読者に要求しているのは、記事に掲載されている綾波の顔から裸のシーンを想起し、その表現形式が問題として議論されていると理解することだ。

ところで、記事中に出てくる "Puru-Mero (Jiggle-Melons)"の括弧内の表記について上記のブログでは解説されていないから、私が補足しておこう。Jiggleは胸がゆさゆさと揺れる様を指す。Melonとはおっぱいの意味だ。これより、この括弧書きを見れば、胸がプルプルゆれる様をタイトルとする雑誌か、と英語圏の人なら理解できるだろう*2

後日追記

読みやすくするため、「参考」部分を取り除いた。

*1:太陽の季節 - Wikipedia参照。

*2:私はこの括弧書きを見、なるほどそういうことかと気づいた。捕鯨の記事Banyan: Not whaling but drowning | The Economist. 訳文は「日本の捕鯨:国際社会の非難に溺れる  JBpress(日本ビジネスプレス)のために太地町 - Wikipediaを調べ上げた Economist の執筆者は、この記事を書くために、このような雑誌についてもきちんと調べ上げたのだろう。