読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

blechmusikの日記

キー・カスタマイズ・ソフトウェア "DvorakJ" の覚え書きをはじめとして様々なことを書いています。

キーボード配列の評価の考慮要素

はじめに

ワグネらが提示*1した人間工学のモデルの「評価関数」(the evaluation function)を構成する6要素(194--97ページ)の概要を紹介します。そのさいに、日本のインターネット界隈でキーボードの配列の分析時に考慮されてきた要素を検討します。
ここでは評価関数の数式は取り上げません。

第1の考慮要素:「利用しやすさと負荷」("Accessibility and load")

重要なものは、つぎの点でしょう。

  • 右手が左手よりも「性能と耐久性」("performances and endurances")が優れているとの言説には二人の人間工学専門家("ergonomists")が同意しなかった
  • よって、右手と左手の負荷の割合を50%ずつとした
  • 各段のキーの配置は、「指の相対的な敏捷さと耐久性を考慮した(負荷)率」("a coefficient that takes into account the relative agility and endurance of the fingers")とする
  • 「この点で、指の相対的強度は人差し指が最大であり、それから中指、つづけて小指と薬指、そして、最後に、親指がくることがわかっている」("Here, the relative strength of the fingers is known to be greatest for the index, then the middle finger, followed by the little and the ring finger and, finally, by the thumb")
  • 「これらの値は、ある人間工学研究員により提示された大小の順に由来している」("Their values come from orders of magnitude given by an ergonomist researcher")


上記の考察結果として表1に掲載されている「理想的な負荷の配分」("ideal load distribution")は以下のとおりです。わかりやすくするため、表記方法を変更しました。

0 1 2 3 4 5 6 7 8
列の対応例(QWERTY配列) Spaceキー H J K L ; : ] Enter
理想的な負荷の配分の割合(%) 15.38 10.26 15.38 23.08 17.95 6.41 5.13 3.85 2.56

「列の対応例(QWERTY配列)」を見ていただくと、列の項目の数字の意味は察していただけることでしょう。0は親指、1--2は人差し指、3は中指、4は薬指、5--8は小指がそれぞれ打鍵することを表しています。

理想的な負荷の配分の割合(%)
0段目 10.87
1段目 13.04
2段目 15.22
3段目 43.48
4段目 10.87
5段目 6.52

3段目がホームポジションの段です。
これはエルゴノミクス・キーボードを想定したものですから、0段目が数字のキーが割り当てられている段となります。
私たちが普段見慣れているキーボードでは、1段目が数字のキーが割り当てられている段となります。つまり、上記の表では1段目から4段目を使用することになります。

第2の考慮要素:キーの数("Key number")

キーの数が少なければ少ない方がいい……というわけでもないようです。その理由として、連語のうちやすさを考慮せねばならないからです。
ワグネらは非常に興味深いことをつぎのとおり述べています。

  • 「……一分間あたりの語彙に関する最高の生産性を可能ならしめるキーボード、いわゆる和音キーボードは、通常のキーボードよりも、かなりの数のより多くの打鍵を必要とすることに、言及せねばなるまい」

ここで和音キーボードと訳したものについては、Chorded keyboard - Wikipedia, the free encyclopediaにて画像を見ることが出来ます。

第3の考慮要素:交互打鍵("Hand alternation")

「最速かつ最も快適なタイピング」("The fastest and most comfortable typing")は、連続するキーを交互の手で打鍵するときに、得られるらしいです。

第4の考慮要素:「同一の指の連続使用」("Consecutive usage of the finger")

上記の通り、連続するキーは交互の手で打鍵することが望ましいです。これは指についても当てはまる、とのことです("Two consecutive keys should not be hit by the same finger.")。
では、ただ「同一の指の連続使用」を避ければよいのでしょうか。ワグネらはそのようには言っていません。距離が離れれば離れるほど、連続した打鍵には不適である、と言っています("The greater the distance, the more inconvenience for a consecutive usage.")。

第5の考慮要素:跳躍の回避("Avoid big steps")

段がことなるキーを打鍵するときであって、人差し指で打鍵し、つづけて薬指で打鍵するときと、中指で打鍵し、つづけて薬指で打鍵するときは、「重荷係数」("weight coefficient")が異なるようです。

  親指 人差し指 中指 薬指 小指
親指 0 0 0 0 0
人差し指 0 0 5 8 6
中指 0 5 0 9 7
薬指 0 8 9 0 10
小指 0 6 7 10 0

ワグネらは「重荷係数」を上記の表の通り算出しました。当然のことですが、数値が大きければ大きいほど負荷がかかるということです。

第6の考慮要素:打鍵の方向("Hit direction")

小指から親指の方向に向かって打鍵することがよいらしいです。「これは、たいていの人にとって自然の指の動作」("This is the natural finger movement for most people")らしいです。QWERTY配列で例を挙げるとすると、uoと入力するよりも、ouと入力する方が好ましいということです。

検討

キーの数、交互打鍵、「同一の手の連続使用」、跳躍の回避は、日本のインターネット界隈で考慮されてきたと思います。ワグネらは具体的な数値や数式を提示していますから、評価基準に異議を唱えやすくなっているといえるでしょう。打鍵の方向についてはあまり考慮されてこなかったのではないでしょうか。ただ、打鍵の方向については、肝心の情報源を失念してしまいましたが、月配列の派生の作成過程で言及されていたと記憶しています。


ワグネらが提示した第1の考慮要素である「利用しやすさと負荷」は、日本のインターネット界隈で考慮されてきたものとはことなっています。第一に注目するのは、左右の手の打鍵の負担率です。ある配列の説明のウェブページを引きます*2

器用な右手には

不器用な左手には

利き手の器用さ・速さ・強さはもっと配列にも反映されるべきです。

「左右の手の分担のバランス」などは「悪しき平等主義」だったのです。

別の配列の説明のウェブページも見てみます*3

……左右の比率を見直す時が来るとしたら、均衡には向かわず、さらに拡大する方向で検討するであろうことは間違いありません。

このように、右手に多くの打鍵を負担させることが意識的に行われてきました。
そういえば、70年以上前に作成された初期のDvorak配列は、左手よりも右手に負荷がかかるよう計算されて設計されました*4。その70年以上前の特許の申請書類で*5、August Dvorakは、左利きの人には左利き用の配列、つまり右手よりも左手に負荷がかかる配列を提示しようとしました。


第二に注目するのは、指の相対的強度です。ワグネらは、既に言及したことですが、つぎのように述べていました。「指の相対的強度は人差し指が最大であり、それから中指、つづけて小指と薬指、そして、最後に、親指がくることがわかっている」。これと対照的な記述を引いてみます*6

・各指の負担を、大きい順に人差指・中指・薬指・小指とする。

親指シフトのたぐいの使用者であれば、ワグネらの考察をより詳しく知りたいと思うことでしょう。これについては、d:id:blechmusik2:20090320#1237560275にて言及したとおり、先行研究が発表されているとすればフランス語で執筆されているのでしょう。
塗り下駄配列と密接に関連する、ある配列の説明のウェブページも引いておきましょうか*7

疲れやすい小指の使用率が少なくなるようにしています。

そこでは、作成された配列が薬指よりも小指を使用しないと、データを集計した表を提示して、説明しています。
先述の通り、ワグネらはエルゴノミクスキーボードを想定していたのでした。では、通常のキーボードにおいてはどのように負担率を割り振ればよいのでしょうか。単純に各指の負担率をまとめ上げると次のようになります。

親指 人差し指 中指 薬指 小指
理想的な負荷の配分の割合?(%) 15.38 25.64 23.08 17.95 17.95

ここで指摘しておくべきことは、ワグネの論文においては、小指の移動範囲を狭めたときの指の負担率が不明であることです。これは、小指の移動範囲を狭めたときには、小指の負荷の配分を少々上昇させる配列を作成するのがよいのか、それとも小指の負荷の配分である「17.95」%を固持すべきなのかということです。塗り下駄配列は、前者のように考察し、配列を作成しました。


そうそう、ワグネらが提示した考慮要素には存在しない一方で、日本のインターネット界隈で考慮されてきた要素は何でしょうか。それはキーボードの配列の覚えやすさです。いわゆる習得コストや学習コストと呼ばれるものです。私は、それらをどのように数値化するかがわかりません。

おわりに

人間工学用に最適化した配列を製作するのであれば、ワグネらが6年前に提示した数値や数式を、批判的であれ肯定的であれ、検討する必要があるのではないでしょうか。もっとも、現在ではさらにワグネらの分析が深化しており、私がそれらについていっていないということもあるでしょう。この点は課題として残しておきます。

後日追記

加除訂正を施しました。

*1:Wagner, Marc Oliver, Bernard Yannou, Steffen Kehl, Dominique Feillet and Jan Eggers. 2003. Ergonomic modelling and optimization of the keyboard arrangement with an ant colony algorithm. Journal of Engineering Design. 14(2):187-208. < http://www.informaworld.com/10.1080/0954482031000091509 >. (accessed 31 March 2009).

*2:「新親指シフト配列「飛鳥」のページ」< http://shizuoka.cool.ne.jp/izubekkan/asuka.htm >

*3:Weblog 61℃: 左手と右手は得意技が違うみたいだ。」< http://61degc.seesaa.net/article/39632541.html >

*4:< http://v3.espacenet.com/publicationDetails/originalDocument?CC=US&NR=2040248&KC=&FT=E >

*5:US PATENT 2040248.

*6:NICOLA配列キーボード 日本工業規格(JIS)化要望書」< http://nicola.sunicom.co.jp/spec/demand.htm >

*7:「下駄配列って何だ? 」< http://urawa.cool.ne.jp/kou-y/geta.html >